仲間で集まって飲み始めたのはまだ宵の口。解放された窓からは十六夜の月が、酒宴を彩るように星々の瞬きも美しい澄み渡った夜空に浮かんでいる。
尤もその風情ある景色に目を遣る人間はおらず、皆が皆、好き勝手に飲み、食べ、騒いでいる。それだけ仲間と飲む酒は美味いものなのだ。だからと云って上質な酒を飲んでいる訳ではない。心許せる仲間と飲み、その会話が弾めば、安酒だろうと豊潤で味わい深い上質な酒と同等の美味さをかもしだす物と化す。
雰囲気こそが酒の味を決める。それが証拠に誰も食事や酒の味に文句を付けない。気持良く飲めていれば文句など出ないものなのだ。
陽気な酒は羽目を外させるもので、ティアンはムエタイの真髄を披露すると言って、危うく家の壁や柱を破壊する所であったし、それに妙な対抗意識を燃やしたミオが、空手の瓦割りならぬ皿割りを披露しようとしてテュッティに静止され、渋々型を披露するに留まったものの、それを見て触発されたのか、だったらあたしもと日頃は冷静なシモーヌまでが、デメクサを壁際に立たせて頭に乗せたリンゴ目掛けて得意のナイフ投げを披露する始末。毎度お馴染みの行事と化したレベッカの脱衣ショーも、これだけ繰り返されると誰も止めず、彼女は下着姿のまま床で高鼾をかいている。
彼女に限らず騒ぎ疲れたのだろう、ミオやティアン、シモーヌに、酒があまり強くないデメクサも、各々床に倒れてそのまま眠りに就いてしまった。マイペースに酒を飲むテュッティもそろそろ様子が怪しくなってきている。ろれつが回らない口調で、「終わったら起こして頂戴」と言うとぱたんと床に倒れてしまった。
「皆、弱いな」
微かに笑みを浮かべて――それは先刻の乱痴気騒ぎには流石に苦々しさを隠せずにいたが、嵐が過ぎればそれもまた良き行事と倒れた一行を眺めつつ、ファングが酒に口を吐ける。
「加減を知らんのだよ。無茶にあおれば酔いが回るのも早くなる。いっこうに学習せんな、こいつらは」 言って、杯を傾けるアハマドに、「それは確かだ」ファングは頷く。
「お前らはそうかもしれねえけどよ」マサキはほぼ差し向かいで酒を組み交している隣のヤンロンとゲンナジーを見て、「こいつらは明らかに違うだろ」
ロシアの男は酒に強い。アルコール濃度の少ない安酒など酒の内に入らぬといった勢いで飲み進める。水を飲むが如くの気楽さで空けた酒は、倒れた一行が飲んだ総量とほぼ同量。対して支那の男はそれに付き合う内に慣れたのか、それとも元がそうであったのか、それに劣らぬペースで酒を口に運ぶ。
寡黙なロシア人は、酒が入ると多少は饒舌になるらしく、普段の厳しい表情からは想像も付かないくだけた笑顔で支那の男と会話を交していた。それがふと、普段の表情を取り戻したかと思うとマサキを見る。
「……これは酒とは言わん。水だ」
「ウオッカじゃなきゃ話にならん、だろ。肝臓の出来が違うとしか思えねえ」
後に続くだろう台詞を先回りしてマサキが言えば、「その通りだ」ゲンナジーはなみなみと注がれた酒を一気に飲み干す。
ほらな、とファングを見れば呆れた様子ながらも笑っている。
「しかしそれも一理あるな」アハマドがまた杯を傾け、「この酒は薄い。これではアラーの神も不満だろうよ」
「思いっきり関係ねえじゃねえかよ。お前らの飲む量に合わせてそんな酒買ったらいくらかかるかわかりゃしねえ。その上、こんなんじゃすまねえ大惨事になるに決まってやがる」
「素直に眠ってくれる内が花、だな」
皮肉めいた笑みで一行を眺めて、それまで交わされる会話に耳を傾けていたヤンロンが、ようやく口を開く。
「特にお前は悲惨な目に会いそうだ」
「まあ……それはそれでいいけどよ」
ヤンロンの視線の先が自分の肩に向いているのに気付いて、マサキは苦笑しながら呟く。
最初は普通に酒を飲んでいたリューネは、やがて座が進むにつれ「あたしの酒が飲めないの」と周囲に絡み出し、挙げ句、立て続けに瓶ごとラッパ飲みした後にマサキの肩に頭を預けて潰れてしまった。口をだらしなく開いて眠る姿は、女らしさとは程遠い。おまけに口の端からは涎が垂れている。
「毎度お前も大変だな」
苦笑の中にもからかい混じるヤンロンの台詞に、マサキは寝息だけは静かにもたれているリューネを見て――微笑む。
「いいんだよ、こいつはこれで。こうしてだらしない姿でいられるってのは、気を許してる証だもんな」
それを聞いて、ファングは声を忍ばせて笑い、アハマドはただ微笑み、ゲンナジーは無愛想な顔付きで酒を飲み干し、最後にヤンロンが声を上げて笑いながら、
「のろけか。やってられんな」
手にした杯を掲げた。