俺とシュウは今無重力の中を漂っている。
宇宙の最中でならともかく、中天には太陽が煌めき、大地には草が青く繁っていた。辺り一面に広がる呑み込まれそうなまでの雄大な自然。地底世界ラ・ギアス。日常を過ごしている筈の世界で、俺たちは宙に浮かんでいた。
「……どういうことなんだよ」俺は云った。
いつものようにサイバスターを駆り、いつものようにラングランを気ままに疾り、いつものようにサイバスターを降りて、いつものように平原で身体を休めようとしたその時だった。いつも通りとは行かない、けれども稀に起こる遭遇。神経質な外見からは想像も付かないほどに無骨な形状の機体、グランゾンを操って、シュウが姿を現した。
どうやら暇を持て余していたのは、あちらも同様だったらしい。
気紛れにもグランゾンを降りて来たシュウの手には一振りの剣。如何です? と尋ねられて、面倒臭え。そう答えはしたものの、どうせすることなど昼寝ぐらい。だったら身体を動かすのも気分転換にはなるかと、俺もまた剣を手に立ち上がって――。
その次の瞬間。剣を抜いていざ打ち合おうとなったその時に、何の前触れもなく足が宙に浮いた。
「ラ・ギアス世界ではアレか。こうやって突然重力が失われるのも日常なのか」
「さあ、どうなのでしょうね。少なくとも私は生まれてこの方、経験したことのない現象ですが」
「それは異常事態って云うんじゃないのか」
「そうかも知れません。ただ……」
ラ・ギアスの風が身体を攫う。地上からたった一メートルほどの高さ。だのに遠く感じられる地面の上を、滑るようにふたりで流されながら、少しの間。ほら、と差し出されたシュウの手を俺は取った。
「ただ?」
「古い文献で読んだことはありますよ。外宇宙を彗星が通り抜ける影響で、ラ・ギアスの重力が消失する現象が稀に発生することがあると」
「稀にって云う割には、お前はこれが初めての経験なんだろ」
「文献によれば、前回の重力の消失は千年ほど前。そのぐらいの周期で起こり得る現象らしいと書かれていましたね。とはいえ、時代の移り変わりとともに、識者たちからは眉唾だと思われるようになっていったようです。それが証拠に、もしこれが現実に起こり得る現象であると彼らが認めていたのであれば、練金学士協会から何某かのアナウンスがあった筈」
「科学を超えてもわからないことはあるってことか」
「私も読んだ当時はまさか、と思いましたしね」
どうかすると更に上空へ。風に吹き上げられそうになる俺の身体を、シュウの手ひとつが低空に留めている。きっと、魔術を発動させたに違いない。あらゆる意味で危機に柔軟に対応出来る能力は、こういった時にも役に立つようだ。
有難くはあったものの、いつまでこの体勢でいればいいのだろう。
先の見えない時間を考えると、俺の気持ちは落ち着きを欠いた。こんな風に触れ合う機会がない相手の手を掴んでいる。思ったよりも温かい。その現実が、訳もなく俺の心を騒がせる。
「ところでいつまでこの現象は続くんだよ。半日とかいう答えはナシだぜ」
「五分ほどですよ、マサキ」
「五分? なら、そろそろ……」
そう云った瞬間だった。ずしりと身体に重みがかかった。
何かを考えている暇もない。そのまま、突如として取り戻された重力によって、俺はシュウに抱きつく格好となってしまったのだった。
リクエスト「書き出し「俺とシュウは今無重力の中を漂っている」終わり「突如復旧した重力によって、俺はシュウに抱きつく格好となってしまったのだった」」