彼と彼の隙間

 白いコートを翻して颯爽と歩む長躯の男に、水着姿の女がふたり。そして背後に続く気の抜けた表情の青年。うわぁ。ミオは自分の格好を棚に上げてそう声を上げた。
 ミオのオールインワンタイプのレトロな水着など霞んでしまうぐらいに違和感のある格好。水着を着ている三人はさておき、海水浴場で長袖のコートを着込んでいるのはどうしたって目を引く。
「相変わらずマイペースぅ」
 声を上げてしまったことでミオの存在に気付いたようだ。彼――シュウが砂を靴で噛みながらこちらに向かって歩んでくる。ややあってミオの目の前に立ったシュウにミオは違和感を覚えずにいられなかった。
「これはこれは、ミオ=サスガ」
「いやいやどーも……って、やっぱり脱がないんだね」
「水遊びは趣味ではありませんので」
 暑さを感じないのだろうか。涼やかな眼差しをミオに注いでいるシュウは、汗一つ掻いていない。背後に立つサフィーネたちは団扇で顔を仰いでいるのだから、間違いなくそれなりに暑い筈である。それなのに。
「他の仲間たちはどこに?」
「テュッティたちはあっち」
 ミオは先ず、少し離れた浜辺でビーチパラソルの下に集っている仲間たちを指差した。どうやら彼女らもシュウたちの存在に気付いたようだ。露骨にうんざりとした表情を浮かべている。
 国土を海で囲まれているラングランには、泳ぎを楽しむスポットが山ほどある。故に、日本のように海水浴場が芋の子を洗うような人出になることはあまりない。だのにその中のひとつで見事に顔を合わせてしまった……これに嫌気を感じなければどうかしている。
 何せ、彼らとの偶然はこれが初めてではないのだ。
 海に山、湖に森……バカンスと洒落込んだ先で悉く顔を合わせる風変わりな因縁。毎年夏になると顔を合わせることになるからだろう。ヤンロンに至っては、彼らに先に予定を尋ねるのはどうか。などと口にし出す始末。
「マサキは?」
 その中に欠けている人物を見付けたようだ。目聡く尋ねてくるシュウに、ミオは苦笑しきりで海を指差した。
 既に散々泳いだ後とあって、のんびりと過ごしたかったようだ。海にフロートマットを浮かべて横になっているマサキの姿に、成程とシュウが頷く。だからといってそれ以上、彼が何かを尋ねてくるとはない。むしろ全員の姿を確認した以上は洋はないとばかりに、では、私たちはこれで――と、去っていく。
 浜辺の奥。テュッティたちからは離れた場所に、彼らがビーチパラソルを立てたのを見届けたミオは海に入った。
 目指すはマサキだ。
 ひんやりとした水に身体を漬け、水を掻いて前に進む。波で押し流されているのか。最初にいた地点からは大分波打ち際に寄ってきたマサキに、ねえ! とミオは声を掛けた。
「何だよ」
 バランスが崩れるのが嫌なのだろう。顔を向けることなく言葉を返してきたマサキに、シュウがいるよ。ミオは話し掛けた。
「ああ? またかよ。何でこうもあいつらと鉢合わせするかね……」
 そうは云いながらも満更ではなさそうだ。
「いっちょ挨拶と行くか」
 海に下りたマサキが、やるよとフロートマットをミオに押し付けてくる。何をするつもりなのだろう。フロートマットに上がったミオは、好奇心を丸出しに成り行きを見守った。
 一直線にシュウたちのパラソルに近付いていったマサキが、何事か彼らと会話をしていたかと思うと、水着のウエスト部に挟んでいたらしい。おもむろに小型の水鉄砲をシュウに向けて放った。
 やるぅ。ミオは口笛を鳴らした。
 顔にかかった水飛沫を払ったシュウがパラソルを出た。何をするつもりかと思いきや、波打ち際まで下りてくる。
 くるりと振り返った彼はマサキを呼んだようだ。波打ち際に向かってマサキが歩んでくる。濡れるのも構わずに波に足を付けたシュウは、マサキとの距離が詰まったのを見計らって両手で掬い上げた。
 ばしゃり。
 顔に水を当てられたマサキが、やったな。と、笑う。
 そのまま波打ち際で水をかけ合い始めたふたりに、ホント、意味がわかんないぐらいに仲が宜しいことで――と、肩を竦めたミオはフロートマットの上。天高く続く青空を見上げた。