「あっれー? 珍しいこともあるもんだね、あんたがひとりなんて」
平原の只中に高貴な姿を晒しているノルス・レイ。搭乗者の姿がないとリューネがヴァルシオーネRから降りれば、ノルス・レイの足元にて遠くを眺めているモニカが目に入った。
「ひとりではありませんわ」
「サフィーネがいないのが珍しいって云ってんの」
その視線の先にはサイバスターとグランゾン。顔を合わせたついでに一戦、という話になったようだ。土煙を上げながら斬り結んでいる二体がどういった会話を交わしているのかはここからではわからなかったが、それを眺めているモニカの横顔は、リューネからすれば退屈しているようにも映ったし、不貞腐れているようにも映った。
「いつでも一緒という訳でもありませんのよ。彼女には彼女の、わたくしにはわたくしの仕事がありますもの」
「シュウにくっ付いて回るのが仕事? 面白いことを云うね、あんたは」
「この間、サフィーネが抜け駆けをしたお返しなのですわ」
「それにしては面白くなさそうな顔をしてるけど」
風にたなびく琥珀色の髪。頬にかかる後れ毛を掻き上げたモニカが、あどけなさを感じさせるふたつの眼をリューネに向けてくる。
「折角のシュウ様との時間を邪魔されたのです。これで面白くない筈がないのですわ」
「そりゃあ、まあ、ねえ……」
リューネは再びサイバスターとグランゾンに視線を向けた。
電波探知機にあった反応の主を求めてこの場に急行した。何故、ただの光点に過ぎない印ひとつで確信を持てるのか。当人であるリューネにも理由はわからなかったが、それがマサキでなかったことはこれまでも一度もない。
だが、もう片方の光点が誰であるのかについては、この場を訪れるまで予想だにしていなかった。少し考えればわかることだったのに。リューネは寂しさも露わに微笑んだ。
マサキとシュウ。彼らにとっての互いの存在は、時に仲間よりも優先されるものであるらしい。意地っ張りで、捻くれ者。変なところで似た者同士なふたりは、仲間からのそうした指摘に決して頷きはしなかったけれども、彼らの会話からは気を置かぬ付き合いをしていることが窺い知れたものだった。
互いに嫌味や皮肉をぶつけ合うこごを躊躇わない割には、いざという時には息の合ったところをみせてくるふたり。羨ましいなあ。リューネはぽつりと口にした。
「それには同意なのですわ」
「ねー? あたしもあんな風にマサキと戦いたい!」
「あなたには出来るのではありませんの? 性能的にノルスでは無理なことですけど……」
「逃げちゃうんだもの、マサキ」
他の魔装機との模擬戦には快く応じてみせるマサキは、リューネ相手だと尻込みしてみせることが多かった。何がそこまで彼の腰を引けさせるのかわからないが、「お前が相手だと気が抜けねえ」そう云っては逃げ回る。それを追いかけてみても、圧倒的な機動力の差で振り切られるだけ。リューネは仕方なしに、他の魔装機を相手に腕を磨くばかりだ。
稀に、そう、本当に稀に、リューネの相手をしてくれるマサキだったが、それにしても少し斬り結べばそこまで。まだまだ余力があるとリューネが感じていても、その気持ちにはお構いなしと、早々に白旗を上げて模擬戦を終わらせてしまう。
だからリューネは、マサキに遠慮をされないシュウが羨ましく思えるのだ。
日常の大半をマサキとともに過ごしている筈のリューネではあったが、マサキとの心の距離が縮まったようには感じられずにいた。仲間のひとり。マサキにとってリューネは、それ以上でもそれ以下でもないようだ。
なのにシュウを目の前にしたマサキのその態度! シュウのことを気に入らないと口では云いながらも、みっともなさを隠そうともしない。勇ましさも、情けなさも、怒りも、涙も、全てを包み隠さず曝け出してゆく。それはマサキが、シュウの前では自分を飾る必要がないと感じているからではないだろうか。
敵として命の遣り取りをした仲だからこその甘え。リューネにはそれが素直に羨ましい。
「いいよねえ、男同士って。気兼ねなく戦えてさ」
「そうですわね、本当に」
巻き上がる爆炎に、飛び散る火花。彼らは華麗に宙を舞い、地を駆け、水辺を滑る。その、手加減のないサイバスターとグランゾンの戦いを見るにつけ、リューネは幾度でも同じことを思ってしまうのだ。
きっとマサキは恋だ愛だと騒ぐよりも、戦いに魂を燃やしている方が楽しいのに違いない――と。
「でも、あんたもあんな風に戦いたいの?」
「シュウ様に認めてもらえるのであれば、そうしたいと思いますわ。わたくしだって血の通った人間ですもの。いつまでも従妹扱いでは寂しくもなります」
「だよねえ。わかる」
リューネは、あはは――と、声を上げて笑った。そうして思った。自分にせよ、モニカにせよ、厄介な相手に恋をしてしまったものだ。
地底と地上のふたつの世界を股にかけて戦い続けてきたマサキとシュウの間には、リューネたちの知らない時間が存在している。その分、ふたりは相手をより良く知っているのだろう。だから彼らは互いを相手にしている時が最も輝いているように見えてしまう。
「まだまだ長期戦だなあ」
ふと口にせずにいられなくなったリューネに、「覚悟の上ですわ」典雅に笑ってみせたモニカが、そうして平原の果て。戦い終わらぬサイバスターとグランゾンに目を遣った。