恋い慕う

 城下に足を運ぶ度に訪れている馴染みの喫茶店で、シュウを伴ったマサキがテーブルに着くと、注文を取りに来たウエイトレスがトレーの下から一通の手紙を差し出してきた。後でいいので読んでください。彼女は小声でマサキにそう告げるとそそくさと。カウンターに立っているマスターの許へと立ち去ってゆく。
 如何にも女性らしい淡い色彩の封筒。封はされていない。中をちらと覗いてみると、小花柄の用箋が一枚だけ収められていた。
「私のことでしたら気になさらずに、どうぞ」
「今読むもんじゃねえだろ」
 中身の察しは何となく付いたものの、だからといって、連れのある身で大っぴらに開けて読んでいい内容ではない。どれだけ鈍感と評されようと、経験則に従って生きている身。マサキであろうとも、予測出来てしまうことはあるのだ。
 日常をマサキとともにしていないシュウは与り知らぬことであったが、マサキにとってこういった出来事はある種の恒例行事でもある。根無し草のように気紛れに方々を渡り歩いてみせる割には保守的な面をも持ち合わせているマサキは、一度通うと決めた店を変えることは滅多にない。だからこそ、行き付けの店で月に一度ないし二度は起こるこの手のイベントは、その安寧を求める気持ちを派手に挫いてくれた。
 この店ともこれでお別れかもな。ぽつりと呟けば、耳聡い男は、それだけでマサキを取り巻く環境を察したようだ。成程、と頷いてみせる。
「それでしたら、尚更今読むべきだと思いますが」
「それはお互い気まずい思いをするだけだろ」
「返事を先送りにして誤魔化すことの方が余程不誠実ですよ、マサキ。それに勘違いとも限りませんしね。中身を検めるぐらいはしてもいいのでは?」
 面倒臭さが勝って返事をせずに逃げ回ってばかりでいたマサキからすれば、シュウの指摘は斬新でもあり、尤もなものでもあった。そうだな。その言葉に頷いたマサキは、覚悟を決めて封筒から用箋を取り出した。
 ふたつに折り畳まれた用箋の裏側から、簡素に書き付けられたしなやかな文字が透けて見えている。開かずとも読み取れてしまう文字は「好きです」と、想いの丈をひと言で綴っていた。マサキはちらとウエイトレスを盗み見た。彼女は今まさに、マサキとシュウが注文した飲み物を届けに来ようとしているところだ。
「あなたの今の気持ちはさておき、あなたの好みに適う女性ではあると思いますがね」
 コーヒーに紅茶。テーブルに置かれた飲み物をひと口、口に含んで気持ちを落ち着ける。その動作の終わりを待ってから語りかけてきたシュウの言葉に、マサキは慄いた。
「俺の好みって、何でそんなことをお前が知ってるんだよ」
「色白で華奢でたおやかな女性を好みとする男性は意外に多いものですよ。そもそも、あなたの周りの女性たちは、総じて気が強ければ好奇心も強いでしょう。だからこそ、ああいったしおらしく男を待つようなタイプの女性にこそ、あなたは意外性を感じそうだと思ったのですよ」
 その通りだ。マサキは正確に自分の好みのタイプの女性を云い当てられたことに驚くとともに、それがシュウの口から出てきた言葉であることに更に驚かずにいられなかった。
「だからって知った人間でもない」
「でしたら、先ずはお互いを知るところから始めてみては」
 ことシュウ=シラカワという人間は、自身が女性を忌避している割には、男女の仲に関しては寛容であろうとする。それは、リューネやウエンディに対するマサキの関わり方に対しても、ひと言口を挟んでみせる彼の態度からも窺い知れた。
 あまねく事象に自分自身を組み込まない男。世界を俯瞰して眺めているのが常だからだろうか? シュウはまるで世界に自分自身が存在していないかのように、事物の動きを捉えてみせてはマサキを閉口させる。マサキは用箋を封筒に仕舞った。「好きです」たったこれだけの気持ちを告げるのに彼女が要した時間は、どれほどのものだったのだろう? だからこそ、返事をせずに立ち去るような真似はしたくないと思う。とはいえ、彼女の気持ちに応えられる自分でもない。
「お前さ、何でいつも自分は蚊帳の外、みたいな口をきくんだ」
 もどかしさが苛立ちに変わった。不埒にも自分に手を出してきておきながら、まるで自らとの将来には関心がないように振舞う男。そういった彼の態度は、マサキにシュウが何を望んで自分との付き合いを深くしていっているのかがわからなくさせていった。
「お前だって俺の世界の登場人物だろうよ。それなのにいつもそうやって、自分は関係ないって顔をしやがる」
 やり場のない感情をぶつけるように、テーブルの端を指で叩く。シュウはマサキの言葉を意外と感じたようだった。ふたりの間を、一瞬、沈黙が通り過ぎる。微かに目を瞠った表情。シュウは静かに表情を元に戻すと、
「そうでなくとも複雑な人間関係を、より複雑にしたいと?」
「俺はお前と違っていい加減な気持ちで付き合えるほど、適当に生きてる訳じゃねえんだよ」
 なら、とシュウが言葉を継ぐ。捨てなさい。冷ややかな眼差しでマサキの手元にある封筒を一瞥した彼は、無情にもそう云い捨てると、次には涼し気な表情を湛えながら紅茶を口を運んでゆく。

ワンドロ&ワンライお題ったー
kyoへの今日のワンドロ/ワンライお題は【ラブレター】です。