「本当に口の減らない方ですね。その口をいずれ纏めて塞いであげますよ」
「はあ? お前何を云ってるんだ。俺の口はひとつしかねえよ」
きっかけなど些細過ぎて思い出せないぐらいだ。
シュウ相手では実に良くあることだった。恐らくはマサキの物の言い方が引っ掛かったのだ。唐突に嫌味を口にし始めたシュウに、目には目をとその口撃を嫌味で迎え撃てば、自尊心の高さが退くことを良しと出来ない組み合わせだけはある。ああ云えばこう云うの応酬は、もう十分以上は続いている。
「比喩も通じないとは……あなたの頭の出来も察せたものですね、マサキ」
我ながら学習しないと思いながらも、腹立たしさが勝った。険のある表情。整い過ぎたきらいのある顔立ちだけに凄味がある。冷ややかに自分を見下ろしているシュウの双眸を睨み返しながら、マサキは言葉を放った。
「あー、あー。どうせ俺の頭の出来は悪ぃよ! お前と比べりゃ猿以下ってな!」
「よくわかっているようで何よりです。その様子なら、名前ぐらいは書けそうですね」
「てめえ……この、シュウ。本当に人を馬鹿にするのもいい加減に」
終わりのない戦い。先に堪忍袋の緒を切らすのはいつだってマサキの方だ。
云いながら襟元を掴み上げて、それでも動じることのないシュウに、くっそ面白くねえ――と、マサキが拳を握り締めた瞬間だった。ホント、仲がいいよねえ。呆けきった声が背後から響いてきた。
振り返るまでもない。大地の魔装機神の操者、ミオ=サスガはいつもこうだ。どこに目が付けばそういった言葉が口から出たものか。どう割り引いて考えても喧嘩の真っ最中にしか見えないだろうに、一風変わった感性を持つ少女の感想は、いつでもマサキの想像の斜め上をいく。
「これのどこが仲が良さそうに見えるんだよ! お前の目もこいつの頭と一緒でお飾りか!」
「あ、どうぞお構いなく。夫婦喧嘩は犬も食わないってね。今のはあたしの個人的な感想だから」
そう云いながら豪胆にも笑ってみせるミオは、前に進む気も後ろに下がる気もないようだ。どうやらマサキとシュウの喧嘩を間近で観戦するつもりでいるらしい。呑気にもその場にしゃがみ込むと、ささ、続きをどうぞ。のほほんと言葉を発する。
自分が見世物にされるのが耐えられなかったのだろう。ミオに気を取られているマサキの手を、不意にシュウの手が払った。はっとなってマサキが再びシュウの顔を見上げれば、ぞっとするほどの無表情が彼の顔を支配している。
恐らく、ミオの言葉に気分を害したのだ。シュウは、マサキ、と抑揚のない声でマサキの名を呼ぶと、
「聞き捨てならない台詞が聞こえたような気がしますが、あなたの相手をすることで余計な誤解を受けるのでは本末転倒。今日はこれで失礼しますよ」
滑らかに言葉を紡いで、後は振り返ることもなく。滑るような足さばきで艦の通路を往くシュウの背中に、二度と顔を見せるんじゃねえよ。怒り覚めやらぬマサキは捨て台詞を吐いた。
「もうオシマイ? 面白くないなあ。ここからが夫婦喧嘩の本番だと思ったのに」
「夫婦? 冗談じゃねえ。何で俺とあの野郎がそんな関係に」
「だってマサキ、シュウのお気に入りじゃない」
ぱんぱんとスカートの裾を払いながら立ち上がったミオが、したり顔で言葉を吐く。
ねえよ。即座にマサキはミオの言葉を打ち消していた。
穏やかに会話が済むことなど三度に一度。残りの二度は喧嘩別れだ。絵に描いたような犬猿の仲であるというのに、どんな因果か。事あるごとに行動をともにしなければならなくなる。
かつて敵だった男は、何故かマサキと目的を同じくすることが多い。その結果が同陣営だ。これでは喧嘩の回数も増える一方だ。顔を合わせては鳴り響くゴング。これのどこが気に入られているというのか、マサキにはさっぱり理解が出来ない。
「お気に入りよー。じゃなきゃあんな風な態度、取れないでしょ」
「お前の考えはさっぱりわからねえ。あの嫌味を見て、どう考えればそんな結論になるんだ」
わからないの、マサキ? つま先立ちになったミオがマサキの顔を覗き込んでくる。わかるかよ。考えるのも面倒臭くなったマサキが投げやりに言葉を返せば、口元に指を当てて、ホント? と尋ね返してくる。
シュウとの喧嘩を終えたばかりのマサキの精神状態は良くない。しかもそれはミオの登場で強制的に終わらされたものであるのだ。それでどうして深く物事を考える気になれたものか。マサキは、ああ。と、適当に頷く。
「鈍いなあ、もう。あのシュウがだよ? あれだけ言葉を乱してるの、あたしマサキ以外に見たことないんだけど」
「それだけ俺に腹を立ててるってことだろ」
「逆でしょ。それだけ気を許してるってことだって」
思いがけない返事。虚を突かれたマサキの心に空白が生まれる。
「気を許してる? シュウが、俺に?」
「マサキにだったらそれだけ強く云っても引かれないって思ってるってコト。それが気を許してないっていうんだったら、何が気を許してるっていうの?」
するりと入り込んでくるミオの言葉に、嘘だと思いながらも、期待が生まれてしまったのも事実。
そう、マサキは自分に対するシュウの態度が、他人に対するそれと異なることに気付いていた。そしてだからこそ、自分が彼の特別な位置を占めているのだとも思っていた――……自らの考えを裏付けるようなミオの言葉。その場に立ち尽くすしかなくなったマサキに、あたしって優しい♪ ミオは声を上げて笑うと、くるりと背中を向けてマサキの許から去って行った。
ワンドロ&ワンライお題ったー
kyoへの今日のワンドロ/ワンライお題は【お気に入り】です。