或る日のチカとシュウ~鉄魄サイバスター予約開始記念~

「何をしているのです、ご主人様」
 リビングのソファにて寛いだ様子で膝に置いた情報処理端末ハンドブックを操作している主人に、興味を喚起されたらしいチカが近付いて来る。
 日頃、シュウが情報処理端末ハンドブックを使うのは書斎で研究をする際と決まっているからだろう。彼はシュウの肩にとまると、首を伸ばして情報処理端末ハンドブックの画面を覗き込んできた。
「何やら買い物をしているようですが……」
 鳥の形をしてはいても魔法生物。使い魔たるチカの視力はすごぶるいい。数キロ先の標的を正確に撃ち抜いてみせる彼は、即座にシュウが見ているサイトの不自然さに気付いたようだった。
玩具ホビーサイトですか。一体何をお買い上げになられるおつもりで? ……まさかついにモデルガンの違法改造に手を染めたりッ!?」
「面白そうだとは思いますが、使い道がない悪事に手を染めるのも不合理ですね」
 シュウは画面の一角をタッチした。
 切り替わった画面の先に表れる白亜の大鳳。けれどもそのカラーリングは、馴染み深い空色スカイブルーではなかった。鉄騎を思わせる鈍色。黒鉄に染まったサイバスターの姿は、実機が持つ高貴さよりも雄々しさを強調しているように感じられる。
「サイバスター……ですね。しかし随分と禍々しい色合いで」
「あなたに評させるとそういった表現になるのですね」
「プラモデルみたいですけど」
「その通りですよ」
 慣れた手つきで買い物かごへと商品を放り込み、慣れた手つきで決済画面に進む主人を、不安げな表情でチカが見守っている。
 シュウは決済画面に入力を始めた。
 地上で使っているクレジットカードの番号を入力し、配送先に知人の家を指定する。これでまたひとつ、白亜の大鳳のミニチュアが自分のものとなった。だのに気分は晴れない――幾つ目になるかわからないプラモデルの決済を済ませたシュウは、間を置かずに次のサイトへと画面を遷移させた。
 今度のサイトも、勿論玩具ホビー関連だ。
 どうやらシュウが同じ作業を繰り返していることに気付いたようだ。それを目にしたチカが猛然と腕を伝って手の甲へと下りてくる。彼はシュウの指先を激しくくちばしで突きながら、慌てふためいた声を上げた。
「ちょ、ちょっと待った! ご主人様!? さっきのサイトが初めてじゃない、なんてことないですよね? いやあたくしご主人様を疑っている訳ではありませんけど、サイバスターとマサキさんが絡むとご主人様の理性は風前の灯! もしかして方々のサイトでサイバスターを買ったり、なんてこと」
「個数制限がかかっているのですよ、チカ」
「答えになってない! でも状況は理解出来てしまう! こんなあたくしに誰がした!」
「私の使い魔ですしね。そのぐらいは当然」
「いいからあたくしの質問に答えてくださいよ、ご主人様! 一体、幾つ買うおつもりなんですか!? てかこのサイト、あたくしたちが知ってる地上世界のサイトではないですよね!」
「あなたも大分察しが良くなったようですね、チカ」
「当ったり前田のクラッカー! それだけご主人様の行動は非常識ですからね! そもそもあたくしたちが知っている地上世界では、サイバスターもグランゾンも軍事機密ですよ! こんな風にプラモデルになるなんて言語道断! と、いうことはこの画面に映っているサイトは、上位次元の地球か平行世界の地球! ホントにもう油断も隙もありゃしない! 勝手に次元を超えて平行世界にアクセスするのは止めろって、あれだけウエンディさんに云われたにも関わらずまたやって!」
「しかし、この美しい機体を手に入れずして済ませるなど、私の科学者としての沽券に関わる事態で」
「その程度で失われる名声ならさっさと捨てちまえ!」
 悲鳴を上げたチカが自身のくちばしを情報処理端末ハンドブックの電源に突っ込んでくる。それをシュウは情報処理端末ハンドブックを取り上げることで躱した。
「駄目ですよ、駄目です! 何を考えているんですか、ご主人様! あー、勿体ない勿体ない! 実物を手に入れるならまだしもこんなミニチュアにお金をかけるなんて! ご主人様が幾ら使ったのかと考えると、あたくしこのまま卒倒しそうですよ!」
 ふわり。膝の上に飛び乗ってきたチカが、まだまだ文句を云い足りないとばかりに、シュウを見上げてがなり立ててくる。お喋りな使い魔にうんざりするも、こうなると彼の口は止まらない。シュウは片手でチカの身体を掴み上げた。
「大体そういった玩具を複数持つとしたら精々二、三個! 保存用と組み立て用と相場は決まってるじゃないですか! それとも何ですか? 新手の小遣い稼ぎッ!? 今更転売せどりに手を出すなんて、ご主人様の高知能が泣きますよ!」
「チカ」シュウはチカを目の前に掲げた。
「何でしょう、ご主人様」
「王家の一員として育った私の審美眼については、あなたも優れていると認めてくれることでしょう」
 王室と疎遠になってから生まれたチカが当時の事情を知る筈もなかったが、これでもシュウは美術品を見極める目を養う為にと、かなりの知識を叩き込まれて育っている。
 それもこれも自衛の為。地位の高い人間の歓心を買おうとする人間は、時としてまがい物を本物と偽って献上してきたり、売りつけてきたりしたものだ。そう、王族という立場は馬鹿では務まらないのだ。
 裸に毟られたくなければ、そしてその威厳を保ち続ける為には、様々な知識を身に付けるしかない。
 シュウも例に洩れず、不必要とも思える知識を大量に叩き込まれていた。そうした主人の記憶をどこかで共有しているのだろうか。それともともに方々を出歩くにつれ、主人の審美眼に関わる才を認めるに至ったのだろうか。シュウの言葉に、そりゃあ……と、チカが不承不承ながらも頷いてみせる。
「まあ、知識も何もない一般人に比べたら、確かにご主人様は美しいものを認める能力には優れてはいますがね」
「その私の審美眼がしきりと訴えてくるのですよ。これは優れたものだ――と」
「いやいやいや!」チカが羽根を使って、シュウの手の内から逃れようともがく。「そりゃサイバスターは美しい機体ですよ! それはあたくしも認めるところです! でも、だからって何個も買う必要はないでしょう! 普通は一個あれば充分なんですって! てか何個買うおつもりなんですッ!?」
 シュウは残された手で情報処理端末ハンドブックを操作した。件のサイバスターはこのサイトでも個数制限がかかっているようだ。それならそれで都合がいい。シュウは手早く会員登録を済ませて、カートへと商品を放り込む。そして、弾丸の如く言葉を継ぎ続けているチカに答えた。
「二十個も買えば気が済むと思うのですがね」
「二十個ッ!? どこに置くつもりなの!? てかこれ一個幾らするんです!?」
「税込み三万三千円ですね」シュウは画面をタップして決済画面に切り替えた。「美術品に比べれば安い買い物でしょう」
「金銭感覚どうなってんのこの人!? 一個三万三千円ってことは、全部合わせたら六十六万円ってことですよ!?」
「それでこのクオリティのサイバスターが手に入るのなら、充分に安い買い物です」
「ええええええええええッ!? サイバスターに執念持ち過ぎて判断基準がガバってませんか、ご主人様!? 本物ならいざ知らず、ミニチュアなんですよそれ!」
「本物でしたら百倍の価格でも手に入るかどうか」
「何かわからない欲に目が眩んでるッ!?」
 流れるような手捌きで決済を済ませたシュウは、次のサイトへと再び画面を遷移させた。
 そろそろ二桁に届こうという作業ともなれば手慣れたものだ。シュウは新たに開いたサイトでも同様に、ブラウザに記憶させた情報をタップして個人情報を入力し、素早く会員登録を済ませた。そしてさくっとカートへ商品を放り込む。
 僅か一分弱の買い物。これでチカが黙っている筈がない。
「もうそれただの流れ作業じゃないですか! それのどこに満足感があるって云うんです! 済まない! 絶対に二十個じゃ済まない! そこまでサイバスターが好きならいっそグランゾンの外装をサイバスター風に改造すればいいものを、何でかご主人様はそれだけは頑なに拒んでみせる!」
「チカ」シュウは再び、掴んだままのチカを正面に掲げた。
「何でしょう、ご主人様」
「ロボットの造形美の真髄はどこにあると思いますか?」
「えー……?」チカが首を捻る。「ご主人様のサイバスターへの拘り具合を見てると、流線形に美しさを見出しているような気がしなくもないですが……違いますか?」
「違いますね」シュウは云って、チカを肩へと戻した。
 確かにサイバスターは美しい。雄々しさと優美さを兼ね備えた唯一無二の機体である。それだけに、白亜の大鳳という当たり前のコンセプトを造形美に昇華させたデザイナーの能力は賞賛に値する。特に背中の放熱板が優れている。翼を模したことで空を羽ばたく鳥を想起させやすくなった。
 だが、それはだからこそ個性であると云えるのだ。
 万人が受け入れる共時性を持つ美の価値観とはまた異なるオンリー・ワン。サイバスターは唯一無二の造形で、その価値観を不動のものとしたロボットである。
「じゃあご主人様はどこに真髄があるとお考えで? これだけサイバスター、サイバスター云っておいて、まさかデュラクシールこそが唯一の解なんて云い出しませんよね?」
「いいところに目を付けますね。確かに、あれはひとつの解ではあります」
 シュウはクックと嗤った。そしてこう続けた。
「いいですか、チカ。真髄とは繰り返される造形にこそ潜む絶対的な価値観であるのですよ。それ即ち普遍性。どれだけ歳月が過ぎようとも色褪せることのない価値観こそ、ロボット造形美の真髄であると私は考えます」
「成程、普遍性。流行り廃りが激しい流行の世界で生き残れるのはいつだってオーソドックスですからね」
「そうですよ、チカ。ですから私はロボット造形美の真髄は箱型にこそ有りと答えるのです」
「はこがた」気の抜けた声をチカが発する。
「そうですよ、チカ。何か不満でも?」
「いやー、ううん……まあ、確かに地上のロボットなんかは、大抵箱を組み合わせたような造形をしていますが」
「ダイターン、ザンボット、コンバトラー……ガンダムにしてもそうですが、箱形には優位性があるのですよ、チカ。あなたは今云いましたね。地上のロボットは大抵箱を組み合わせたような造形をしていると。それ即ち、それだけ多くのデータが揃っているということになりませんか」
「まあ、そりゃ、確かに……数だけで云えば相当な量でしょうね」
「あなたは私のグランゾンをサイバスターと比べると無骨であると感じることでしょう。しかし、グランゾンがああいった形になったのにはきちんとした理由があります。先程私は云いました。それだけ多くのデータが揃っているとね。それはそれだけ正当な進化系を作り易いということでもある。そう、つまりグランゾンは箱型ロボットの究極の進化系であると云えるのですよ」
「ええー……? 適当なこと云ってませんか、ご主人様ァ?」
 疑り深くシュウの顔を覗き込んでくるチカにシュウは答えた。
「まさか。あなたはグランゾンの性能を知っているでしょう。あれだけ不条理な性能をグランゾンが有していられるのは、練金学の力は勿論のことではありますが、地上で積み重ねられたデータがあったのも大きいのですよ。どれだけそれらのデータが役に立ったかというと、最終調整を待たずして、重しバラストを含めた機体バランス完成していたぐらいです。その結果が、出力やエネルギー効率といった実効的な能力の開発時間の増加ですよ。だからこそグランゾンはあれだけの強力な武装を得ているのです」
 探るような丸い瞳。チカのふたつの眼がっとシュウを見詰めている。
 シュウはチカに微笑みかけた。はああああああ。ややあって彼が長く太い溜息を吐き出す。きっと、理屈を述べさせようものなら、右に出る者がいない主人の弁舌に自分では対抗しきれないと悟ったのだろう。
「云いたいことは何となくわかりました、ご主人様。して、その心は?」
「ボスボロットに造形美があるなど、私は断じて認めたくないのですよ」
「それ? ここまで能書き垂れておいて云うに事欠いて結論がそれッ!?」
 チカが悲鳴を上げる。
「いや確かにあの気の抜けた形状にはあたくしも物思うところはありますけれど、造形美を認めないなんてそこまで云っちゃったらボスが泣いちゃいますよ?」
 他人に対して寛大であろうとするシュウは、ボスに対しては思い含むところがない。彼の仲間である兜甲児はマサキとも親しく、そういった意味では自身よりもマサキに気を許されているかも知れないと妬む部分はあったが、所詮は地上と地底という次元の分かたれた世界での話。ふたつの世界が融和することがない以上、彼らはシュウの脅威とはなり得なかった。
 だが、シュウとしては、ボスの機体には含むところがあった。それは科学者、或いは技術者としてのシュウの意地と自尊心に関わる重大で深刻な問題だ。
「そうは云われてもね」シュウは情報処理端末ハンドブックの操作を再開した。「あなたやマサキは良く私のグランゾンを不条理な性能だと例えますけれども、不条理さではあの機体の方が遥かに上でしょうに」
「まあ、そう云われちゃうとそうなんですけどね」
「寄せ集めのスクラップですよ。どういった技術を使えば動いたものか、私には理解も及ばなければ想像さえも付きません。機密性の関係で宇宙にこそ出られませんが、あの部品構成で宇宙に出られてしまっては私の肩書きも台無しでしょう」
 十一個目のサイバスターの予約を済ませたシュウは、そう云ってチカを目の前に憂鬱が勝るがままに溜息を吐いた。

※ ※ ※

 かくて、二十個で気が済まなくなったシュウが予約したサイバスターの数は、そこから更に十個ほど増え、金にがめつい使い魔であるところのチカを憤死させることとなったのだが、流石にそれだけの個数のサイバスターを保管出来るスペースはシュウであっても用意出来なかったようだ。
 と、いうより、さしもの彼も自分がやり過ぎたことに気付いたのやも知れない。
 発売日を迎えて数日。魔装機操者の面々に届いた荷物を開封したマサキは、しっかりと差出人の名前が明記されたプレゼントに送り主の妄念を感じずにいられなかったようだ。そのまま三日ほど寝込んだとか寝込まなかったとか。