氷菓を手にシュウの許を訪れたマサキは、どうやらそれだけでは火照った身体が冷えなかったようだ。あちぃ、あちぃ。と、云いながらリビングのテーブルの上に置いてあった空調設備のリモコンに手を伸ばす。
少しぐらいであれば、照り返しの酷い夏の陽射しの下をここまで来ているのだ。大目に見よう。シュウはそう思ったが、直後、空調設備から吐き出される空気が、とてつもなく冷たくなったことで耐え切れなくなった。マサキの手元にあるリモコンを取り上げてみれば、なんと設定温度二十二度。つい先程まで外にいたにせよ、これは流石にやり過ぎである。
シュウは無言で温度設定を二十八度に戻した。
それが気に入らなかったようだ。シュウの手からリモコンを奪い取ったマサキが、またも温度を二十二度に設定する。ああ、あちぃ。アイスを食べきった彼は、それでも身体が冷えないからだろう。ソファを立つと、冷蔵庫の中にある氷菓のおかわりを求めてキッチンへと向かっていった。
元々体温が高いのだ。平熱が三十六度七分であるらしい彼は暑さに挫け易い。
それをわかっていても譲れないことはある。シュウはマサキが席を外している内にと、再び温度設定を元に戻した。
温暖な気候のラングランでは、滅多なことでは過ごし難い陽気になることはなかったが、今日は空調設備が必要になるくらいには暑い。こうなると、良く動き回るマサキは、そう簡単には涼しいと感じないようだ。ソファに戻ってきた彼は温くなっている空調設備からの風に盛大に顔を顰めると、シュウがテーブルに戻したリモコンへとまた手を伸ばしてゆく。
「あのー、ご主人様。上着を羽織っては如何ですかね?」
不毛な戦いを続けている主人たちに呆れたようだ。シュウの肩にとまっているチカが妥協案を提示してくるも、ここでマサキに甘い顔をして、彼を付け上がらせるのは癪に障る。シュウは再びマサキの手からリモコンを取り上げた。温度を変えようとした瞬間、やられる前にやれとばかりに横から伸びてくる彼の手。
奪ったリモコンを片手にふふんと鼻を鳴らしたマサキに、シュウはククク……と嗤った。
「やってくれますね、マサキ。人の家の空調設備の設定温度を、私に許可も得ずに勝手に変えるとは……」
「暑いんだから仕方がねえだろ。てかお前、そんだけ着込んで寒く感じるのかよ。血行不良にも限度があるだろ。運動しろ、運動」
どこからどう聞いても嫌味にしか聞こえない言葉をぶつけてみれば、この返し。
「わかりました」
シュウは読んでいた本を脇に置いてソファから立ち上がった。そして二本目の氷菓を口に含んでいるマサキの身体を、問答無用で抱き上げた。わわ、おろせ! チカが天井の梁に逃げ込む中、手足をばたつかせて抵抗するマサキをバスルームに運び込む。
「やめ、やめろって。この馬鹿力!」
シュウは浴槽にマサキの身体を収めた。そして彼が逃げ出すより先にシャワーのコックを捻り、頭から水を被せる。
「溶ける! アイスが溶けるって、シュウ!」
「どうです。これで充分に涼しくなったでしょう」
程良く濡れたところでシャワーを止めたシュウは、マサキに微笑みかけた。けれども、あー、もう。と、声を上げた彼の表情は、予想していたよりも遥かに穏やかだった。
「ちょっと持ってろ」
もっと不機嫌な顔を晒すかと思っていたマサキは、何かを思い付いたようだ。その発想に気を取られているのだろう。渡された氷菓を手に、何をするのかとシュウが見守っていれば、シャツにジーンズと濡れた服を脱いでゆく。
シュウに服と氷菓を持たせたマサキが、ふんふんと鼻歌混じりで浴槽に水を張り始める。シュウは呆れ半分で、彼の濡れた服を脱衣所の洗濯機に放り込んだ。そうしてバスルームに戻って、浴槽に身体を沈めたままのマサキに氷菓を渡す。
「プールに入ってるみたいで気持ちいいな」
水風呂に浸かりながら氷菓を食べているマサキはこの上なく幸福そうだ。こうなると果たしてどれほどのものであるのかを試したくなる。ねえ、マサキ。シュウは身を屈めてマサキの耳に囁きかけた。
「一緒に入ってもいいですか」
少し考える素振りをみせたマサキが、大人しくしてるならな。と、大きな瞳をくるりとさせながら答えてくる。勿論ですよ。シュウは頷いて、うっすらと汗ばみ始めた肌に張り付いている衣装を脱いでいった。