手の鳴る方へ

 公園で楽し気に遊んでいた子どもたちの輪に混ざって、ひとしきり彼らの相手をしたマサキは、シュウから奪い取ったハンカチを片手に鬼をどう決めるか悩んでいた。
「お兄ちゃん、早く!」
「わかってるから、ちょっと待て! 大人しく待たねえと遊ばねえぞ!」
 マサキの足元で声を上げる子どもたちを、脇に立つシュウが何を考えているか読めない表情で眺めている。
 少しは助けてくれてもいいものを――と、子どもたちに纏わりつかれっぱなしなマサキは思うも、頭脳派の彼は子どもがあまり得意ではないようだ。彼らに積極的に絡むということをしない。
 それはこの場に限ったことではなかった。
 街に出れば、長躯の彼は目印にし易いからだろう。迷子になった子どもによく衣装の裾を掴まれていたが、だからといって泣いている彼らを慰めようなどとはしない。ただ言葉少なに彼らを肩に乗せて、親を探すように促す。そして目的を果たせばそれまでと、礼を述べる母親や父親には付き合うこともせずにその場を立ち去ってゆく……。
 優しいのかつれないのかわからない。
 今にしてもそうだ。長い付き合いだからこそ、マサキはシュウの表情と感情が必ずしもリンクしている訳ではないとわかっていたが、しかしそれにしても、もう少し穏便な表情があるだろうと思わずにいられない程度には、彼は剣呑さを窺わせる表情を浮かべていた。
 まるで研究対象を見るような目つき。口元に滲ませている笑みが薄気味悪さを煽る。
 いつだったか、彼が冗談めかして口にした研究テーマ――子どもの活動エネルギーの余剰分を、文明社会の構成エネルギーに転用する為にのシステム構築論。学問に対しては馬鹿が付くほど正直で真面目な男にしては、珍しくも暴論に終始したそれ・・を思い出したマサキは、ええい。と、シュウにハンカチを押し付けた。
「お前が最初の鬼だ」
 わあっ! と、足元で子どもたちが一斉に声を上げた。
「私が――ですか?」
「高みの見物はさせねえ。お前もきちんと遊べ」
 主役は子どもたちだ。如何に活動的なマサキでもそのぐらいはわかっている。
 それでもマサキはシュウを選んだ。
 そもそも剣術を嗜むマサキとシュウには、プラーナを感じ取れる心眼がある。しかもそれは、この公園ぐらいの広さであれば、余裕で全員のプラーナも見分けが付くぐらいに鋭いものだ。そうである以上、目を隠した程度ではハンデにもならなかったが、このぐらい強引に迫らなければ、冷淡なシュウのことだ。一生子どもたちに馴染もうとしないに違いない。
「まあ、いいでしょう。全員捕まえて差し上げますよ」
「そういうゲームじゃねえよ」
「わかっていますよ」
「本当かよ」
 王族として育った彼が俗っぽい遊びに馴染みがあるとは思えない――マサキは念の為にシュウに詳しくルールを訊いてみた。どうやら、と云うべきか、やはりと云うべきか。誰かを捕まえればいいのでしょう。と、鷹揚な答えが返ってくる。
「間違っちゃいねえんだがな」
「間違っていないのであればいいのでは? あまり子どもたちを待たせるものでもないでしょう。始めるとしましょう、マサキ」
 シュウに促されたマサキは期待に顔を輝かせている子どもたちと、ハンカチで目を覆ったシュウを取り囲んだ。
「鬼さんこちら!」
 声を揃えて掛け声を放った子どもたちにシュウの手が伸びる。きゃあきゃあと上がる楽し気な声。笑顔で逃げ回る子どもたちを追い掛けるシュウに、思ったよりきちんと遊んでいる――と、マサキは目を瞠った。
 躱されては別の子どもに標的を変え、時には油断している子どもに迫ったりと、上手い具合に彼らが退屈しないように立ち回っている。これなら心配する必要はなさそうだと、マサキは子どもたちの輪に自分もまた混じることにした。
 右に左に広場を逃げ回る。
 ふと、目の前で子どもを追い掛けていたシュウの姿が消えた。
 しまった――と、即座にその意図を覚ったマサキは身体を引くも、姿を現わしたシュウはもう眼前に迫っている。
 音よりも素早く動いた手が残像を残しながらマサキの肩を掴む。交替です。口元に浮かんだ彼のしてやったりな笑みが憎たらしい。マサキはハンカチを外したシュウに、この野郎と毒吐いて鬼を代わることにした――……。

※ ※ ※

「あー、疲れた」
 家路に着いた子どもたちを見送ったマサキはベンチに身体を投げ出した。置きっ放しだった本をシュウがベンチから取り上げて、隣に腰を下ろしてくる。
 マサキはその横顔を見遣った。
 何だかんだでしっかり子どもたちの相手をしてみせたシュウは、我儘なマサキの謀略に不機嫌な面のひとつでも晒してみせるかと思いきや、予想以上に穏やかな表情をしていた。
「お前、ちゃんと子どもと遊べるんじゃねえか」
「モニカやセニアの相手に比べれば、まだ楽ですね」
 どうやら彼女らが幼かった頃のことを云っているようだ。
「あのふたりはもう覚えてはいないのでしょうが、ふたりともかなりお転婆でしたからね。庭の木に登るぐらいは平気でやってくれたものですよ。かくれんぼなどしようものなら、何処に隠れるかわかったものではありません。叔父の部屋のサイドボードの引き戸の中に隠れていた時は、流石に血の気が引きましたよ。身体が柔らかい幼児だから出来たことなのでしょうが、それにしても三十センチ四方の空間ですよ。良く入れたものだと」
 成程とマサキは頷いた。確かに、目を離せば何をしでかすかわからない双子の姉妹とあっては、相手をするのにさぞや神経を使ったことだろう。そういった背景であれば、一見、冷淡に映る彼が子どもたちと遊ぶことに慣れているのも頷ける。
 でも――と、マサキは口を開いた。
「だったらもう少し、愛想良くしろよ」
「子どもと遊べるのと子どもが得意なのとは、イコールではありませんので」
 そう云う割には、最後の方など、子どもたちを肩に乗せて歩き回っていただろうに。マサキはシュウと子どもたちが遊んでいる姿を思い返した。滅多に見れぬ高さからの景色に興奮した子どもたちは、何度も何度も彼に肩に乗せてとせがんでいた。
 それを満更でもない表情で相手にし続けたシュウ。
 素直じゃねえな。マサキは空を仰いだ。
 そろそろ暮れなずむ空。太陽が色を赤くした夕暮れに、今日の夕食はどうする。マサキは長い一日の締めを彼とふたりでゆっくり過ごすべく、彼が向かいたいと望んでいる行き先を尋ねた。