新しき年に幸いなる祝福を - 1/4

「美容院の予約をしたから」
 ミオに呼び出されたマサキは、ふたりきりで話をしたいと言った彼女に、どんな秘密が聞けるのかとあれこれ想像を逞しくしていただけに、開口一番のその台詞に拍子抜けしてしまった。拍子抜けして、自分が聞き間違いをしたのではないかと考え直して、もう一度彼女の話に耳を傾けてみることにした。
「何だって?」
「美容院の予約!」ぷくう、と、頬を膨らませてミオは続ける。「もう、マサキ忘れちゃたの? 今年の頭に言ったじゃない。来年は一緒に初詣に行こうって」
「そういや言ってたな。でもそれと美容院に何の関係が」
「振袖を買ったのよ。その着付けと髪の毛のセットの予約をしたの」
 確かに今年の年明け、マサキはミオに連れられて地上に行った。その帰り道で、「来年は初詣に一緒に行こうね」と、ミオに言われた。言われたけれども、果たしてそのとき、マサキはその誘いに応じただろうか。
 そもそもが、三箇日が過ぎた地上でミオが何をしたのかと言うと、デパートの初売りでのバーゲン品の買い漁りだったのだ。と、なると、ミオがマサキを連れて来た目的などひとつしかなく。
 かくして、山ほど買い込まれたバーゲン品を、あれもこれもと持たされたマサキは、ファーストフードの期間限定セットをお礼と渡されて、そのあまりの報われなさに、二度とミオの私的な用事に付き合うために地上には行かないと誓った筈だったのだが。
「そこまで気合いを入れてすることかねえ。成人式じゃあるまいし」マサキは首を捻る。「……って言うか、俺、お前の初詣に付き合うって言ったか?」
「言ったわよ。偶には地上で新年を迎えるのもいいかもな、って。だからあたし気合い入れて振袖買って、美容院の予約まで済ませちゃったんだけど」
 どうやら初詣ぐらいならいいかと、とマサキはミオの提案に、迂闊にも好ましい返事をしてしまったらしかった。荷物持ちで疲れて頭が惚けていたのかも知れない。けれども、どんな振袖かはわからなかったけれども、わざわざ大枚はたいて購入したものを、今更それはお前の勘違いだと責める訳にもいかない。まあ、振袖を着てデパートで買い物もないだろうし、バーゲンよりはましな地上紀行になるだろう、とマサキは気を取り直すことにしたのだが、何の気なしにした返事を信じて振袖まで購入したミオが、そうマサキに都合よく話を進めてくれる筈もなく。
「で、予約が取れたのが大晦日の夕方なんだけど、マサキの予定は空いてる?」
「おい、まさか、そんな時間から付き合えって言うのか」
「ひとりで行くのも寂しいし、向こうで待ち合わせてちゃんと会える保証もないし、だったら最初から一緒に行動していた方がいいと思うんだけど」
「早過ぎるだろうよ……美容院行って、どこかで時間を潰して、除夜の鐘を聞きながら神社でお参りしてって、お前、初詣にどれだけ時間かけるつもりなんだ」
「え? あたし初日の出も見るつもりなんだけど」
「半日コースかよ!」
 はぁ……とマサキは盛大に溜め息を吐き出した。美容院でミオの着付けと髪のセットが終わるのを待ち、初詣をする為に神社で列なして待ち、移動のために夜半動き続ける公共交通機関に乗れるのを待ち、それが済んだらいずこかで日の出を待つ……それは溜め息も洩れるというものだ。
 俯いてしまった面を上げる。マサキはさも当然と、待つばかりのイベント参加案を提案してきたミオを、そうしてまじまじと凝視みつめ、
「お前、どれだけ初詣したかったんだよ」
「ただ初詣に行きたかっただけじゃなくて、ちゃんとそれらしい初詣をしたかったの。思えばそういうの、あたししたことなかったし。だからあたしマサキしか誘ってないからね。みんなに内緒にしているのも、日本に連れて行くってなったら、あの人たち“ジャパニーズニンジャ・スシ・ゲイシャ”な人たちでしょ? おかしなことにされそうだから」
「だから俺だけ呼び出したのか。その意見には反対しないがな、バレたら面倒なことになりそうなんだよ。特にリューネとか、リューネとか、リューネなんだけどよ。大体、今年のお前の初売りバーゲンに付き合ったのだって、バレてさんざ首を絞められたんだぜ」
 そうなのだ。見た目の豪快さからは想像もつかないほどに猜疑心が強いらしいリューネは、嫉妬心もまた強いらしく、別にマサキと付き合っているわけでもないにも関わらず、女と一緒と聞けば片っ端から疑って歩き、どういうことかとマサキに詰め寄ってくる。最近では、シュウが誤解を振りまいていることもあって、男と聞いても片っ端から疑ってかかってくる有様だ。
 しかも、ただ疑ってくるだけならいいのだ。疑ってきた挙句に、その怪力を使った実力行使でマサキの行動を制限しにかかるのだから、当事者たるマサキとしては身体がいくつあっても足りないほどで。
「それはイベントに限ったことじゃないでしょ。戦闘中だってそうじゃないの。戦闘力が偏らないようにマサキとリューネを離して配置しただけで布陣がおかしいだの、マサキがピンチの仲間のフォローに入っただけでなんでそんなに目ざといんだだの。
 だからそこは諦めることにして、他の人たちはイベント事に男女ふたりでってなると五月蝿そうだけど、別にマサキにまで着物を着ろって言ってるわけじゃないし、普段着だったらなんか適当な理由を付けて誤魔化して家を出れば、ふたりで地上に出たことはバレても、行き先まではバレようがないでしょ。それだったらやいのやいの言われることもないと思うんだけど」
「一番肝心な部分は諦めるのかよ……俺を犠牲にする画期的な解決方法だな、それ……」
「それともマサキも着物着る? あたしが行く美容院、夕方からならまだ枠空いてるって言ってたよ」
「面倒なのは御免なんだよ。っていうかお前、俺の話を聞く気ねぇな!」
 諦めるとばっさり切って捨てただけはある。ミオはリューネの暴力的な嫉妬心を解決する気はないらしく、そのマサキの返答ににひひと笑ってみせた。