「何処だよ、ここ」
桜かと見紛う薄桃色の葉が、風に吹かれてそよいでいる。春の趣溢れる谷間を見下ろしながら、もうそんな季節になったか――と、マサキは巡り来た季節を感慨深く感じながらも、今来た道を探して周囲を窺わずにいられなかった。
「だからあの野郎、一緒に出掛けようって煩かったんだな」
二匹の使い魔に尋ねるまでもなく、役立たずと化した精霊レーダーは現在位置を正しくは伝えてきてはくれない。参ったな。ラングランでは珍しくもない凡百の景色にマサキは声を上げるも、既に主人の困った性質には慣れきってしまったようだ。二匹の使い魔は呑気にも、だったら花見だニャ! と騒がしい。
王都から西に東に。しつこく追いかけてくるリューネから逃れること一時間。ふと気付けばその声が聞こえなくなっているばかりか、ヴァルシオーネRの姿さえもなくなっていた。さて、どうやって王都に戻るか。頼りになる道案内人を、自ら望んでのこととはいえ失ってしまっている現実。マサキが深い溜息を洩らしてしまうのも無理のないことだ。
「いざとニャれば救難信号を出せばいいのね」
「運が良ければ軍が拾ってくれるんだニャ」
自分たちが道案内をするという選択肢はないようだ。それどころか現状をどうにかしようという気すらないらしい。当たり前のように外部に助けを求めることを提案してくる二匹の使い魔に、そんな真似が出来るか。マサキは憮然と言葉を吐く。
「また迷ったんですね、って云われながら王都まで護衛されて帰る? 冗談じゃねえ」
いつだったか。半日迷って増々辺境へと足を踏み入れてしまった時に、仕方なしに軍を頼った時のことが思い出される。彼らの間でもマサキの方向音痴が重度なものであることは知られているらしく、余計な詮索をされずに王都まで送り届けてもらえたものの、その道すがらで「マサキ殿にも弱点があったんですね」などと云いたい放題。彼らを指揮して戦場に立つことも多いマサキとしては、その自尊心をいたく傷付けられたものだった。
「旅の恥はかき捨てニャのニャ」
「二度あることは三度ある、ニャのよ」
「どっちも合ってねえよ。お前らのことわざの知識もいい加減だな」
自らの無意識の産物である筈の使い魔の適当にも限度がある例えに、マサキは言葉を挟まずにいられない。そもそも旅をしているつもりもなければ、二度も三度もあんな思いをしたくもないのだ。なのにそれを奨励するかのようなこの台詞。
「お前ら、もう少し使い魔としての自覚を持てよ」
うんざりしながら続ければ、ここは流石にマサキの使い魔だけはある。
「でもマサキ、今更恥ずかしがっても仕方ニャいんじゃニャいの? マサキが方向音痴ニャのは軍の人たちも知ってることニャのよ? 助けを求めたって、ああまたですか。ぐらいで済むと思うけど」
「俺にだってプライドはあるんだよ」
口の減らない使い魔のあまりの頼りなさに項垂れるも、行動しないことには何も始まらない。どうすっか。ぽつりと呟けば、だから花見ニャのね! と、どうあっても春のイベントにしたいらしい。二匹の使い魔はマサキの膝の上に乗り上がってきては、交互に花見花見と口喧しく急かしてくる。
「仕方ねえな。少しだけだぞ」
その昂った気持ちが花見で収まれば、使い魔としての本分を思い出すかも知れない。そんなことを考えながらマサキが操縦席のカバーを開いた瞬間だった。聞き覚えのあるエンジン音。地鳴りを響かせながら近付いてくる青き機影は、春爛漫と染め上げられた谷間にあっては、一種独特の風合いを醸し出している。
「救いの神!」
「な、訳ねえだろ! こういうのは厄介事が増えたって云うんだよ!」
結局のところ、二匹の使い魔たちにしたところで、マサキ自身が道に迷ってしまったものをどうにかする術はないのだ。操縦席から飛び跳ねん勢いで、グランゾンを出迎えようとする彼らを膝から叩き落としたマサキは、次いで通信モニターに映し出されるいけすかない男の気障ったらしい顔立ちを、盛大に顔を顰めて迎えた。
「その表情から察するに、どうやらあなたがここにいるのは、意識してのことではなさそうですね、マサキ」
顔を合わせるなり自分の現在の状態を云い当てられるのはいい気がしない。マサキは更に顔を顰めた。
「お前はどういう目的なんだよ」
「散策ですよ」
決して快い存在として人々に受け入れられてはいない男の奔放な行動の後始末をするのは、いつだってマサキたちなのだ。せめてもう少し、自分とその機体の反則的なステータスに意識を向けてくれてもいいものをとマサキは思うも、シュウがそういった小さなことを気にするような性格の男だったとしたら、そもそもラ・ギアスに平和が訪れることはないだろう。
「人のことは云えねえけどな、その機体を使って方々に散歩に出掛けるのだけは止めとけよ。その都度、善良な市民とやらの通報で軍の窓口はパンクするんだぞ。それをセニアが毎度上手いこと処理してくれてるって、わかってんのかよ、お前」
わかってはいても口にせずにはいられない。マサキが敢えて苦言を呈せば、自覚はあるらしい。モニターの向こう側の男は肩をそびやかしてみせた。
「これでも隠密行動には自信があるのですが」
「一目散にここ目がけて向かってきておきながら、か? どこに隠れるつもりがあるのか云ってみろよ」
「これは手厳しい。それだけ長い時間迷っているということでしょうか」
「俺の不機嫌を方向音痴の所為にするんじゃねえよ! まだここに辿り着いたばかりだ!」
そう吐き捨てたマサキの顔に、意を唱えたさそうな二匹の使い魔の視線が突き刺さる。
云いたいことはわかるが、マサキとしては認め難い。そもそも原因はリューネにある。今日はそういう気分ではないと重ねて云ったにも関わらず、マサキを道に迷うまで延々追いかけ回してくれたのだ。それだけでも気が立って仕方がないというのに、その気分を少しでも落ち着けようとした矢先に、更なる厄介事の登場である。これでマサキの気がささくれない方がどうかしている。
「そういうことでしたら、どうですか。私はここの景色を臨みに来たのですよ。少し付き合ってくだされば、道がわかるところまでお送りしましょう」
その瞬間の二匹の使い魔の気色ばった表情! これではまるでマサキばかりが悪者のようではないか。マサキは面白くないと思うも、このやる気のない使い魔二匹と一緒に行動を続けたところで、事態が打開されることはないだろうということはわかっている。
「あー、もう。仕方ねえな。少しだけだぞ、少しだけ。そしたら送れよ」
それに対してモニターの向こう側の男は、何が可笑しいのだろう。低く声を発しながら笑ってみせると、いいスポットがあるのですよ、とマサキを更に谷間の奥へと誘うかのようにグランゾンを疾らせてゆく。