Ⅰ-Ⅳ
西の双子は奇跡を起こす
Scene 0.プロローグ
――中に何かいる。
王宮の両翼に存在しているふたつの武器庫に同時に火を放ったふたりの兵士。アドロスとセオドア。ラングランに忠実な経歴を持つ彼らが何故武器庫への放火を行うに至ったのか。一度だけ意識を取り戻したアドロスが、その僅かな時間に看護師に伝えたところに拠ると、どうやら実行犯であるところの彼らは自らの意思で火を放ったのではないようだ。
何かいる。その何かがどういった存在であるのか。何と云っても破壊神サーヴァ=ヴォルクルスの復活の書に記されている預言の実現に関わった兵士の言葉である。マサキはそれは恐らく、かつてシュウがその意思を奪われたように、ヴォルクルスの思念体がその意識を乗っ取ったからではないかと思ったものであったし、セニアもまた同様にその可能性を疑っているようであった。
恐らくそのひと言は、アドロスが命を懸けて伝えたい情報であったのだ。それは自らにかけられた嫌疑を晴らしたいという執念、或いは神聖ラングラン帝国に忠実であったからこその意地の発露であったやも知れない。この二日後、再び意識を失ったアドロスは、今度は二度と目を開くこともないままに精霊界へと旅立って行った。
残されたセオドアに至っては、一度も目を開くことはなかった。彼はアドロスが亡くなった三日後に二十三年の短い人生を終えた。
サフィーネが仕入れてきた情報では、実働部隊には本隊と分隊があり、その分隊の数は三、ないし四であるらしい。白鱗病の流行に関わったと思しき分隊は既に拘束済みだ。残りは二、ないし三であったが、余程組織に対する忠誠心が強いのか。蜥蜴の尻尾にしては相当に口が堅く出来ているようだ。彼らからは変わらず、王都への小規模テロ計画以外の証言は得られていない。
生きていれば有効な証言が見込めたふたりの兵士が亡くなった今、マサキたちが情報を入手出来る先は件の預言書かシュウに限られていた。しかし、次の預言の実現の情報を得るべく遠征した東部で成果を上げられなかった以上、セニアとしては闇雲に地方へマサキたち魔装機神操者を派遣するのは避けたいようだ。シュウにしても、バレンタイン以降、特に連絡があった訳でもない。すべきことは待つことだけ。手も足も出ない膠着状態ではあったが、マサキは焦ってはいなかった。
――いずれ奴らはまた尻尾を出す時が来る。
長年、魔装機神操者として国内外のいざこざに首を突っ込み続けただけはある。マサキは詰んだ経験の分、自分が何をすべきかわかるようになっていた。
幸い、預言の数は千四百四と膨大だ。しかもそれらの実現に彼らはかなりの準備期間を要している。ならば待つのみ。マサキは変わらぬ日常を送り続けた。情報局に限らず、軍部や練金学士協会も動いている。その道の専門家がそれぞれ情報収集に努めている以上、現状でマサキたち魔装機操者に出来ることはないのだ。
マサキは武器庫の放火事件に関して憶測を重ねることを止めた。確かな情報源もないままに、これまでの経験に照らし合わせて論じてみたところで、それらは全て想像の域を出ない物語でしかない。そういった物語を自分の中に作り上げることが、どれだけ危うい行為であるのか。マサキは直感的に知っている。それは確実に自分の足を引っ張り得る要素となるだろう。
起こった事実が全てなのだ。
これ以上、この問題について考えるのは脳のリソースの無駄――再び姿を見せなくなった男。預言書問題をマサキの元に持ち込んだ張本人、シュウならば現状をそう切って捨ててみせるに違いない。そう、今はあるべき日常に還る時だ。マサキは一旦、この問題を忘れることにした。