暇さえあれば研究三昧。知識の探求に余念がない彼も、偶には外が恋しくなるようだ。デートをしませんか――と、連絡を寄越したシュウに呼び出されたマサキは、ラングラン州の外れにある街で彼とふたり。特に当てもないままに、大通りをそぞろ歩いていた。
「お前に計画性を求めるなんて馬鹿じゃねえけどな」
マサキの義妹に罪悪感を感じているらしい彼は、主体的にマサキに連絡をしてくるということが先ずない。かといって、マサキ自身も連絡をして行動するというのが苦手な性質だ。思い立ったが吉日。サイバスターを駆って自らの許をアポイントメントなしに訪れるマサキを彼がどう感じているのかはさておき、付き合っているという自覚はあったようだ。デートなどとこそばゆい言葉を使って自分を誘ってきた彼に、だからこそマサキは少なからぬ期待をかけていた。
それがこの有様である。
屋台で買った串焼きを食べたいと云ったマサキに財布の紐を緩ませた彼は、他にはとマサキに尋ねてはきたものの、自分から何処に向かおうといった目的を明示するつもりはないらしい。好き勝手に歩き回るマサキが道を誤りそうになった時には流石に止めにかかりはしてきたが、それ以外は後を付いて回るだけ。これ、何か楽しいのか? 流石に我慢しきれなくなったマサキが斜め後ろに控えているシュウを振り返れば、私は楽しいですよ。との返事。
「お前だけが楽しくてもなあ」
「ですから好きに動いてくださって結構だと云っているのに」
「俺が好きに動き回ったら行く場所なんて決まってるだろ。そういった場所は普段でも時間があれば行ってる場所だぞ。今更、お前と一緒に行きたいとも思えねえ。なんつーか、偶にはこう、お前が俺を引っ張ろうとか思わないのかね。俺にちょっとは違った景色を見せようとかさ。毎回街に出る度にこの調子じゃ、俺だって飽きるぞ」
「なら、街を出ますか」
「絶対やだ。次のお前の気紛れがいつになるかなんて、お前にだってわからねえだろ。意地でもお前と一緒の街を楽しんで帰って――」
瞬間、目の端に映ったショーウィンドウ。そこに並ぶ種々様々な腕時計に、マサキは吸い寄せられるように足を進めていった。
手巻き式のレトロな腕時計。意匠を凝らした文字盤は勿論、開口部から覗く歯車やゼンマイも美しい。
どれひとつとして同じ表情をしていない腕時計の数々。魅了されたマサキがショーウィンドウの前に立ってそれらを眺めていると、マサキにしては珍しいものに興味を持ったように思えたのだろう。背後から覗き込んできたシュウが、「腕時計ですか」と意外そうに言葉を吐く。
「男に許された唯一のファッションなんだよ」
「腕時計が、ですか」
「社会人になったら奇抜な格好は出来ねえからな。女だったらピアスだネックレスだって出来るけど、男は中々そうはいかねえんだよ。会社のルールもあるしな。そういった中で、唯一身に付けるのを許されるアクセサリーが腕時計なんだ。だから男は腕時計をコレクションにするんだって、親父がな……」
そう。と頷いたシュウが、マサキに肩を並べてショーウィンドウの中を検める。
「あなたの好みからすると、左端から三番目の硝子盤の腕時計でしょうかね。中の仕掛けが良く見える」
「よくわかったな」
「短い付き合いではありませんので」口元に笑みを湛えたシュウが、マサキの背中に手を回す。「中に入りませんか。このぐらいでしたら買って差し上げますよ」
マサキは腕時計に付けられている正札に目を遣った。普段使いの時計からすれば圧倒的にゼロが多い。
「安くないぞ」
食材を買うような気軽さで買うと口にしたシュウに異議を唱えるように口にすれば、「あなたへのプレゼントに安いも高いもありませんので」と、彼は至極当然と背中がむず痒くなるような台詞を吐いてみせる。
「お前、そういうところ本当に思い切りいいよな」
「使いどころを知っていると云って欲しいですね」
背中に置かれた手が、店の入り口を潜れとショーウィンドウの脇へとマサキの身体を押し出してくる。悩ましさを感じつつ出入口になっている硝子戸に向き直ったマサキは、自分をエスコートして店に入ろうとしている男を見上げた。
「手巻きだぞ」
「わかってますよ」
「俺がきちんと竜頭を巻くと思うか」
「なら、私が巻きますよ」
それはつまり、定期的に自分の許を訪れろということだ。
「自動巻きを買えって云わないところがお前らしいよな」
「私といる間だけ時を刻む時計もいいものでしょう」
「そういう考えかよ。相変わらずロマンチストだよな、お前って」
「嫌ですか」
まるでマサキの胸の内を見透かしているようだ。クックと嗤いながらシュウが尋ねてくる。
「嫌だったらお前と付き合ってねえよ」
でしょうね。と、自信たっぷりに云い切ったシュウに、しょうがねえ奴。声を上げて笑ったマサキは硝子戸を開いた。
カランカランとドアベルが小気味よい音を立てる。
いらっしゃい。奥のカウンターで新聞を読んでいた片眼鏡の老主人がちらとマサキたちに目を向けてくる。
壁掛け時計に、柱時計。店内に所狭しと並ぶ時計に圧倒されつつも、世界にたったひとつの彼との時間を刻む時計を手に入れる為に、マサキはシュウとともにカウンターへと向かって行った。