最後の賭け

 神官と仲間たちを避難させたマサキは、目の前にある時限式の爆発物に向き直った。
 テロリストに占拠された神殿だった。
 祭壇の上に置かれた巨大な爆発物は無情にも時を刻み続けている。かなりの火薬の量。途中で倒した敵が残した言葉によると、本体から出ている複数のコードの中から正しい一本を選択して切れば、時限タイマーが停止するらしかった。
「そんなテレビドラマが昔あったっけな」
 マサキは色取り取りのコードの束に手を掛けた。
 間違えれば死ぬ。わかってはいたが、神殿を爆発物の餌食にする訳にはいかなかった。それでは試合に勝って勝負に負けたようなものだ。テロリストの残党、或いは目的を同一とするものにとって、神殿を爆破したという成果は確かな自信になることだろう。
 だから、マサキはこの場に留まった。
 絶対に神殿を爆破させてはならない。とはいえ、マサキには爆発物解体の技術的な知識はない。たった一本のコードを選ぶのに時間がかかっているのは、だからだった。
 ――直ぐにそちらに向かいますから、迂闊なことはしないでください。
 五分ほど前にサイバスターにあった入電を思い返す。どこから情報が洩れたのか。シュウはマサキが陥った窮状を把握しているようだった。
「迂闊なことをするな、って云ってもな」
 あれから何分が経過したのか。マサキにはわからなかったが、シュウが現れる気配はとんとない。
「お前らも逃げろよ」
 マサキは足元の二匹の使い魔にそう声を掛けた。
「ニャに云ってるの。あたしたちはマサキの使い魔ニャのよ」
「最後まで主人と一緒ニャんだニャ」
 梃子でも動く気配のない二匹に、馬鹿だな。マサキはそう呟いてデジタルタイマーに目を遣った。
 一分を切った残り時間。
 赤、黄、橙、青、紺、緑、紫……コードの数は全部で七本。虹の架け橋と名乗ったテロリストグループは、どうやらその名を生かすべく七色のコードを配線したようだ。
 はあ。マサキは溜息を洩らした。
 巫座戯ているにも限度がある。
 テロリストたちにかかれば爆発物も玩具のような扱いだ。許し難い。ニッパーを握り締める手に力を込めたマサキは、色を失ったその拳を七本のコードに近付けた。
 時間が許す限りシュウを待つつもりではいたが、流石にこれ以上は無理だ。三十秒を切ったデジタルタイマーに決心を付ける。こうなれば神頼みだ。祈るような気持ちでコードの束から目指す一本を引き抜いたマサキは、そこにニッパーの刃先を押し当てると深く息を吸った。
「間違ってたら、あの世で俺を恨め」
 二匹の使い魔にそう告げて、タイマーを横目に待つこと数秒。残り時間が十秒となったところで手に力を込めた。直後、ぷつっとコードが切れた感触がグリップ越しにマサキの手のひらに伝わってくる。
「マサキ!」
 耳に馴染む自分の名を呼ぶ声に、マサキは背後を振り返った。息せきって祭殿に駆け込んできたシュウがマサキの目の前に立つ。終わったよ。そうとだけ言葉を吐くと、瞬間、力任せにマサキの腕が引かれる。
「無茶をする――」
「これで爆発したら、その時はその時だ」
 見た目よりも逞しい腕に捉われたマサキは、しがみつくように自分を抱き締めている男の髪を撫でてやりながら微笑んだ。
 その背後には、紫のコードを切られた爆発物がぽつねんと――。