格納庫に詰み上がったコンテナの影で、木箱を椅子代わりに、シュウが眠っているのを見付けてしまったマサキは、他人に隙を見せることのない男の初めて目にする姿に胸を騒がせずにいられなかった。
「おい、シュウ」
きっと、自身の愛機の整備に時間を費やした結果であるのだ。そう見当を付けたマサキではあったものの、血色の悪い男の異常事態。本当にただ眠っているだけなのか――不安を感じてその肩を揺すってみれば、余程深い眠りに落ちているのか。彼は頭をがくっと垂れさせたかと思うと、軽い寝息を立て始めた。
「何だよ……本当に寝てやがるのかよ……」
腕と足を組んで眠る姿。彼は日常生活において、良く腕や足を組んでみせたものだった。それは不用意に他人が自身に触れるのを避けているようにも映ったものだったし、容姿に恵まれた彼が自身に注がれる不躾な視線を遮っているようにも映ったものだった。
勿論、高慢に振る舞うこともある彼のこと。そういったポーズを取ることで、自身をより大きな存在に見せようとしているのやも知れない……格納庫のコンテナの影で眠っているのにしても、自身の無防備な姿を極力晒したくないという意地の表れであるのだろう。いずれにせよ、彼のその格好からは、彼が自らの心と身体を守ろうとしている様子が窺えた。
彼が腕や足を組む理由はさておき、眠っているだけだというのがわかった以上、この場に長居をする訳にも行かない。ひとりで静かに眠れるスペースを求めてその場に足を踏み入れたマサキは、他所にそのスペースを求めることにして、マコンテナの影から外に出ることにした。
――博士、いませんか。博士?
誰かがシュウを探し求めている声が、格納庫の外側から聴こえてくる。
高い能力を誇る彼を信頼する整備士は多い。マサキに対する態度からは想像も付かなかったが、彼は整備士たちに対しては面倒見の良い識者であるらしかった。操縦者の中にも彼を頼りにしている者がいるようだ。マサキには理解が及ばなかったが、彼らにとってシュウ=シラカワという男は、迷い悩んだ時に、少し先の道を指し示してくれる導き手であるらしかった。
――博士、シラカワ博士?
徐々に近付いて来る声に、マサキは咄嗟に着ていたジャケットを、シュウに被せていた。
我ながら気の利かない隠し方だとは思ったものの、これだけ深く眠っているものを起こしてしまうのも気が引ける。マサキはシュウの少し手前の木箱に腰を落とし、眠っている振りをした。多少不自然ではあったものの、これならマサキの姿しか目に入らない筈だ。
ややあって、コンテナの影に顔を覗かせた整備士は、思惑通りにマサキの姿のみを目にしたようだ。そして、そこに自身が探し求めている人物がいないことを察したのだろう。彼は呼び声を収めると、コンテナの向こう側へと姿を消した。
「お節介なことで」
マサキがジャケットを取り除くと、どうやら目を覚ましたらしい。目を開いたシュウが苦笑を浮かべている。
「人の気遣いぐらい素直に受けとけよ」
「文句を云った訳ではありませんよ」
ジャケットの中に頭を置いた際に蒸れたに違いない。腕を解いたシュウが、額に微かに浮かんでいる汗を拭った。ふう、とその口唇から洩れ出る吐息。疲れが取れた様子には思えなかったが、整備士が呼びに来たことには気付いているようだ。続けて立ち上がると、腰に付いた木屑を払う。
「行くのか」
「私を呼びに来たということは、整備が進まなくなるぐらいのトラブルが起こったのでしょう。それをそのまま放置しておけば、部隊編成に影響が出ます。さっさと片付けるに限りますよ」
「あんまりあいつらを甘やかすのも、どうかとは思うがな。あれでもあいつらだってプロなんだろ」
「実戦を経験して初めてわかることも多いのですよ。前線に立つ兵士と一緒です。踏んだ場数の数だけ、教科書では語られない知識が増えてゆく……」
そして彼は足を踏み出しながら、「大丈夫ですよ。教えるべきことは教えていますから」最後にマサキを振り返って云うと、彼を待つ整備士たちの許へと去って行った。