歓心を買う気はあるが関心を持つつもりはなく

 用事があるから――と、ひとりで街に出て行ったシュウが帰ってきたのは、それから二時間ほど経った後のことだった。
「何かお土産があればいいんですがねえ」
「お前、自分の主人に何を期待してるんだ」
 玄関扉が開いた音に、退屈しきっていたマサキが使い魔たちとともに出迎えてみれば、中からキャットフードのパッケージが覗いている大きな紙袋を抱えたシュウが、コートを脱ぐのに難儀しているところだった。
「お前、それは何だ」
「何だと云われましても。あなたの使い魔用の食事ですよ」
「それだけじゃないだろ。余計な物をこいつらに買い与えるなって、あれほど俺が云ったのにまた」
 差し出された紙袋を受け取って覗いてみれば、高級缶詰だの、チューブタイプのおやつだの、固形フードだのがぎゅうぎゅうに詰めこまれている。
 マサキは盛大に顔を顰めた。将を射んとする者はまず馬を射よとマサキの使い魔に目を付けたシュウは、自身の使い魔に対する手の掛け具合とは裏腹に、マサキの二匹の使い魔に対してはとことん甘やかすつもりでいるようだ。
「こんなにあっても食い切れないだろ。何でこんなに買ったんだよ」
「店員に勧められたものを全部買いましたからね。これだけあれば、シロとクロが気に入るペットフードがひとつはあるでしょう」
 さらりと云ってはいるものの、とんでもない無駄遣いである。マサキはいつ果てるとも知れない溜息を吐いた。市井に下って何年もの歳月が経過しているにも関わらず、一向に庶民感覚が身に付く気配がない。
 それもその筈。彼には巨額の資産があった。
 なんでもグランゾンの維持費を稼いでいる内に、マネーゲームが面白くなってしまったのだそうだ。だからだろう。異様に金払いのいい男は、時にその使い道を探しているとしか思えないような散財をしてみせる。あちこちに所有している屋敷にしてもそうであったし、科学時代の遺跡を改良した研究施設にしてもそうだ。
 サフィーネやモニカの衣装にしても、相当に金がかかっていると知れるぐらいに上質な素材で出来ている。マサキへのプレゼントなどは云わずもがな。金を使うことに躊躇いのない生活を送り続けている彼からすれば、ペットフードを店員の勧めに従って全て買うぐらいは造作もないことだ。
「どれか数種類に絞れよ。消費期限を切らしたら全部無駄になるんだぞ」
「あなたがここに通いつめればいいだけですよ、マサキ」
 ペットフードを餌にマサキを呼び寄せようとはいい度胸だ。マサキは足元に纏わり付いている二匹の使い魔を見下ろした。期待に満ち満ちた表情。目を輝かせて紙袋を見上げている二匹の使い魔に、彼らが会話の内容を理解出来るということがこんなに厄介に感じられる事態はそうない――と、マサキは舌打ちした。
 どうせ頭に店員の説明を入れるのが面倒だったといった理由であるのだ。
 そもそもシュウは、己が興味を喚起された分野に対しては貪欲な知識欲を発揮してみせるが、それ以外の情報に対しては全くの無関心を貫いてみせる人間だ。興味の範囲が広いからこそ、そうそう襤褸を出すことはなかったが、時に信じられないほどの無知を晒してみせることがあるのは、そうした背景があってのこと。
 彼に云わせれば、余計な情報を記憶するのは、脳の容量を圧迫する行為に他ならないらしい。ノイズが紛れ込んだような気分になるのだろう。苦痛に感じられて仕方がなくなるのだとか。
 マサキの二匹の使い魔にいい顔をするのに、彼が店員に勧められるがまま全部のペットフードを購入したのも、それぞれの特色といった情報が、シュウの中では余計な知識に分類されるものであるからだ。だからこそ、吟味という段階をすっ飛ばして全てのペットフードを購入してみせたシュウに、マサキとしては謎の虚無感に苛まれるしかなく。
「そういう話じゃねえだろ。フードロスを推奨してんのか、お前は」
「ですから、あなたがここに来ればいいだけだと云っているのですがね。それとも私の許に通うのは、あなたにとっては面倒な行為に数えられるものですか、マサキ?」
 コートを玄関のハンガーに掛けたシュウがマサキから紙袋を取り戻す。
 涼やかな嗤い顔に、ああ、もう。マサキは頭を掻いた。シュウの笑顔をからは、マサキがわざわざ定期的に足を運んでいる理由が何にあるのか、理解し尽くしている余裕が感じられる。
「将を射んとする者はまず馬を射よって、今更必要あるのかねえ」
 使い魔たちを連れてリビングへと足を運んでゆくシュウの背中を追いかけながらマサキがぽつりと呟けば、「仲良きことは美しきことかなとも云いますからね」と、謳うような声でシュウが言葉を返してきた。