心の中では泣いていた。
多分、そう、恐らく。泣きたかったのだ。けれども、吐息は熱くなれど、瞳には一滴の涙さえも浮かぶことはなく。何故、こんな気持ちに自分がならなければならないのかと思いながら、突然に振り出した雨の中でマサキはひとり、往来を駆けてゆく人の波に逆らうように、重い足を引き摺って歩いていた。
髪を、服を、頬を濡らす雨。泣いてしまうのに、こんなに都合のいい天候もない。わかっているのに、滲むことのない瞳。もしかしたら、瞼を閉じてみれば涙が零れ落ちるかも知れない。いたたまれないほどの空虚さを感じながら、目を閉じる。けれども涙は出なかった。
仕方なしに顔を上げて、傘を差す人が人まばらに残るまでになった通りに目を遣る。どこに行こう。ほんの少し前まで、暇を潰す足しになればとそぞろ歩いていた大通り。とはいえ、ここまで雨に濡れてしまっては、何処かの店で雨宿りという訳にも行かず。
さりとて、使い魔二匹に番を任せている自らの足、風の魔装機神に戻れるような気分ではなく。
感じている空虚さの意味を、そして、涙を流したいと望んでしまうほどの悲しみの意味を、当てもなく歩きながらマサキは考える。たった数分前に目にしたばかりの光景の何に、自分はここまでのショックを受けているのだろう。シュウにはシュウの、マサキにはマサキの日常がある。そのぐらいのことに思い至れないほど、自分は幼くない筈だ。現にこれまで、その事実に何かを思うことなどなかった。
ただただ、虚しい。そして、悲しい。
彼女らとシュウと、自分とシュウと、付き合いの長さで云えば、自分の方が短いのだ。ましてや命の遣り取りを経た仲。友人、或いは仲間として肩を並べるには、抱えてしまった過去が重過ぎる。けれども、ただの知り合いと、切って捨てることも出来ない仲。
――馬鹿馬鹿しい。
そう強がってみせたところで、胸に空いた穴が埋まることもなく。
時間の長短で付き合いの深さが決まる訳でもなければ、経験した過去の重みで決まる訳でもない。そんなことはマサキにとてわかっているのだ。人と人との結び付きは、結局のところ縁と相性でしかない。彼女らにはそれがあり、自分にはそれがなかった。それだけのこと。
だのに自分は何故、こんなにも苦しい思いをしているのだろう。
降り注ぐ雨は服を通して肌に届くまでになっている。早く濡れた服をなんとかしなければ、身体が冷えてしまうことだろう。マサキは取り敢えず街路樹の下に身を寄せることにした。
心の穴は埋まりそうにはなかったけれども、この程度のこと矢折れ力尽き果てては笑い種だ。自らを叱咤しながら、辿り着いた街路樹の幹。大きく息を吐いて凭れかかったマサキは、そして髪から頬に伝う冷たい雨の雫の感触に、泣ければよかったのに。そう小さく呟いた。
あなたに書いて欲しい物語
@kyoさんには「心の中では泣いていた」で始まり、「そう小さく呟いた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字程度)でお願いします。