そういえば最近、誰からも聞かなくなったな。
何についてマサキがそう思ったかというと、シュウとの仲についてだった。あれだけ時も場所も弁えずに揶揄を繰り返してきた仲間たちから、最近、その手の発言をとんと聞かなくなった。その都度、そういった発言を訂正するよう求めてきたマサキからすれば、それは喜ばしい事態の筈。いいことじゃねえか。マサキはそう思い込もうとしたものの、心は何故か晴れない。それは恐らく、それ以外にも心当たる不審があったからだった。
彼らはマサキとシュウの仲を揶揄する言葉を失ったのみならず、シュウのことを語る言葉も失ってしまったようだった。マサキがその話題を口にしてみても、誰も聞いていないかのように振舞う。当然、返事が返ることもない。これまでは何かの折に話題に上るのが当然の男だったのに。不安が胸を過ぎる。そうした言葉を耳にしなくなったのはいつからだっただろう……マサキはどうにも釈然としない思いを抱えながら、その不満を解消するかの如く、サイバスターを駆って海へと出た。
「おや、マサキ。奇遇ですね」
浜辺に下りて暫く、砂浜を歩きながら打ち寄せる波の音を聴いていると、不意に背後から声をかけられた。シュウの登場はいつだって突然だ。こうしてマサキの不意を突くように姿を現してみせる。この一年は特にその傾向が顕著だった。そう、まるで他人にその姿を見られたくないとでも思っているかのように……。
「知ってるか。奇遇が続くとそれは確信的になるんだぜ」
足を止めたマサキに悠然と近付いて来る彼は、いつも通りに口元に微かな笑みを湛えていた。知ってますよ。そう云った彼と肩を並べて砂浜を歩く。潮風が心地良い。いつからかマサキは、彼が隣に立つことに抵抗感を感じなくなっていた。
「お前、いつも俺がひとりの時を狙ったようにして姿を現わすのな」
「あなたもひとりで私の前に姿を現わすことばかりですよ」
「そりゃそうだろ。どこかに行くのに誰かを引き連れて行くなんて、女のトイレじゃあるまいし」
そのマサキの例えが、潔癖なきらいのある彼には返答に困るものであったようだ。苦笑しきりでマサキの顔を見下ろしている。頭半分は差のある長躯。いつまでだったかは忘れてしまったが、マサキはそうした彼の外的特徴も含めて、何もかもを気に入られないと感じていた時期があった。
今となっては全て過去の話、となったものだったけれども。
お前も俺のことをせせら笑ってたんだから、同類だよな。懐かしさに誘われるかのようにマサキが言葉を吐くと、マサキ――と、その名を口にした彼は足を止めて、こう言葉を続けた。もう、皆を困らせるのは止めなさい。
マサキはシュウを振り返った。何を云われているのかわからない。
「一年が経ちましたよ」
「何がだよ」
「私が死を迎えてからですよ、マサキ」
シュウの手がマサキの額に触れた。ひんやりとした感触が、次第に熱を帯びる。刹那、パン! 瞬間的にマサキの中で何かが弾けた。ああ……ああ……嗚呼! マサキは呻いた。押し寄せる波のように心の奥底から溢れ出てくる記憶の数々。泣いて、泣いて、泣き暮らした日々。マサキは彼を失った現実を直視できずに、記憶に蓋をしてしまった。蘇った記憶の数々とともに、マサキは一瞬にして現状を認識した。
「あなたの様子が気がかりで、精霊界行きを拒んでしまった。出来れば自然に思い出させてあげたかったのですが、私はもう――長くない。現世に留まり続けていると魂は消耗していきますからね」
嫌だ。マサキはシュウが云わんとしていることを理解して、激しく|頭《かぶり》を振った。俺の前から消えないでくれ、シュウ。次いで絞り出すように言葉を吐く。
だのにシュウはマサキの最初で最後の我儘に付き合うことは出来ないのだと、悟り切った表情で云ってのけるのだ。
――どうか、これからのあなたの人生に、幸多からんことを。
そう呟いて、マサキの口唇に口付けをひとつ。ひんやりとした温もりだけを残して、シュウは姿を消した。マサキはその場に膝から崩れ落ちると、砂を叩いて慟哭した。彼の魂の消失は勿論のことだったけれども、そこに至る道筋を作ったのは他らなぬ自分――その記憶を取り戻してしまったからこそ。
そう、彼の命を奪ったのは、他の誰でもないマサキ自身。
それが魔装機操者としての責務と自らの感情の狭間で葛藤したマサキが仕方なく出した答えの終わり。シュウが望んだ自らの人生の終着点、だった。
今夜の鬱語り
ある日誰にも認識して貰えなくなったシュウマサ