プレシアとともに城下に日用品の買い出しに出たマサキは、店を出て数メートルほど離れた場所で、一緒に歩いていたプレシアの姿が隣にないことにふと気付いてしまった。
――やっちまったか。
舌を鳴らして足を止める。そうして先ず自身の使い魔の存在を確認すべく、足元に視線を向ける。
「もしかして、はぐれたのかニャ?」
「さっき店を出たばかりニャのよ」
役立たずな二匹の使い魔の危機感のない台詞に、自然とマサキの口から溜息が吐いて出る。
病的な方向音痴のマサキは同伴者とはぐれることが日常茶飯事だ。西に向かっている筈が北に辿り着く、東に向かっている筈が元の場所に戻っている。方向感覚の欠如だけでは説明出来ない現象にも数多く遭遇しているマサキは、もしかすると自分の周囲だけ次元が歪んでいるのかも知れない――などと、迷うだにあれこれと思考を巡らせたものだったが、流石に今回ははぐれるのが早過ぎた。
数えられる程度しか歩いていないのだ。
そうである以上、プレシアはまだこの付近にいる。そう見当を付けたマサキは、人出の多い通りを眺め回した。垣根のように連なる人波。上背の低いプレシアの頭が見える気配はなかったが、だからといって諦める訳にはいかない。
決定的にはぐれない内にその姿を発見しなければ――と、マサキは人垣の奥へと顔を覗かせた。その瞬間だった。やめてよ! と、空気を裂くようにして、プレシアの声が響いてくる。
「マサキ! こっちニャ!」
「あそこニャのね!」
方向感覚に関しては、主人に似てポンコツな二匹だが、こういった時の判断力と洞察力には流石に優れている。
しなやかな跳躍。人垣を一気に抜けていったシロとクロの後に続いて、マサキもまたその向こう側へと躍り出る。と、軽薄そうな青年がプレシアの手首を掴んで、にやけた顔つきで何事かを語り掛けているのが目に入る。
「プレシア!」
「おにいちゃん!」
マサキに気付いたプレシアが青年から逃れようとするも、どうやら相当の力で手首を掴まれているようだ。伸びきった腕。それを手繰り寄せて、いいじゃん、少しぐらい――だのと口にしながら、青年がプレシアの顔になよついた顔を近付けていく。
「巫山戯ろ! そいつは俺の妹だ!」
普段であれば、相手のプラーナを視るなり、腕の程を見るなりと、余裕をもった対処が出来るマサキだったが、この時はそうはいかなかった。
ちらともマサキを見ることのない青年。連れの存在を丸ごと無視して、プレシアに迫ってゆく人間が果たしてまともであるだろうか。その思い込みがマサキを短慮にさせた。
地を蹴って、青年の懐に飛び込む。
同時に、肘を鳩尾に当てる。
何が起こったかのか理解が追い付かないといった青年の表情が、ふっと視界から消える。マサキはプレシアの身体を引き寄せた。流石に青年も手を離したようだ。次の瞬間、身を寄せ合うマサキとプレシアの数メートル先、ぽっかりと開いた路面に青年の身体が落ちてきた。
※ ※ ※
「何で呼び出されたか、わかるわよね」
マサキの姿を認めるなり険しい表情を向けてきたセニアが、表情に釣り合った厳しい口調で問い掛けてくる。
「どういうことだよ」
朝早くから情報局に呼び立てられたマサキは、欠伸混じりで潜った扉の向こう側で待ち構えていたセニアの剣呑な態度に表情を引き締めながらも、思い当たる節もない。首を傾げながら、彼女の前に立つ。
「全治一ヶ月」
「誰が」
「昨日あなたが吹き飛ばした男よ」
どうやらプレシアに狼藉を働いた青年のことらしい。そうは思うも、青年の身柄は警備隊に預けてある。しかも周囲の野次馬から、青年がしつこく嫌がるプレシアに云い寄っていたという証言が取れているのだ。非は青年の側にあるのは明らかだった。
だが、セニアはそうは考えていないようだ。いっそう顔立ちを険しくすると、
「何を考えているの。一般市民相手に」
凛と響き渡る声は、流石は獅子の娘と恐れられる女傑だけはある。気迫だけでは云えば、魔装機神操者にも張るセニアの剣幕に、けれどもプレシアを守るのに必死だったマサキとしては黙ってはいられない。
「待てよ。先にプレシアに手を出したのはあいつ」
「あなた、自分の立場をわかってる?」
「魔装機神操者だからか」
「そうじゃないわよ。もうひとつあるでしょう。あなたが一般人相手に力を揮ってはならない大事な理由が」
云われてマサキは目を開いた。
「剣聖、か……」
魔装機神操者であること自体は、一般市民の脅威足り得ない。何故なら、魔装機神が実力を発揮するのは戦場と相場が決まっている。だが、戦士としての能力はそうはいかない。対人戦で力を発揮する能力は、マサキを生けた武器と化させるのに充分だった。
「鳩尾を狙ったのよね」
「咄嗟のことで、つい。だが、手加減は――」
「あなた、自分のプラーナの量に自覚がないの? 手加減したって普通の人間より遥かに潤沢なのよ。それが込められた一撃を食らって、全治一ヶ月。奇跡が起こったとしか思えないわね」
「……悪かった」
マサキは頭を垂れた。
非力な一般市民相手に、我を忘れるほど頭に血を上らせてしまっていた。その事実を、今更ながらに思い知る。
けれども、事態の重さを理解したところで遅きに失したようだ。重苦しさに胸を押し潰されそうになりながら、マサキはセニアの表情を窺った。巌のように険しい面差しは緩むということを知らない。
「謝って済む話じゃないのよ」
覚悟を感じさせるひと言。空気を鋭く切り裂く声音に、マサキはセニアが処分なしに済ませる気がないらしいことを覚る。
「あなたの力は最後の切り札。それを理解出来ずに安易に力を揮ってしまわれては、秩序を守るどころか混沌を招くことに為り兼ねない。ここまでは理解出来るかしら」
「ああ……」
「なら、処分を受け入れることには」
「異存はねえよ」
「それなら結構」
セニアが手を打つと同時に、入り口の扉が開いた。
装備を固めた兵士が三人、扉の向こうに立っている。どうやら身柄を拘束されるようだ。けれどもそれも已む無し。マサキは彼らに向かって歩を進めながら、セニアを振り返った。
「期限は」
「あたしが納得出来る再発防止案を、あなたが書類に出来るまで」
「わかった」
決して文章を書くのは得意ではない。ましてや書類作成など柄でもない。それでも、犯してしまった罪を償うにはやるしかないのだ――マサキは両脇を兵士に固められながら、執務室を後にした。
※ ※ ※
監視用の格子が嵌め込まれた鉄扉。時折、看守を務める兵士が通り過ぎるのが見える。
捕虜収容施設とは趣が異なる監房。冷え冷えとした感触の床や壁は捕虜収容施設とどっこいどっこいではあったが、頭の位置に鉄柵で覆われた小窓があり、せせこましい空間に柔らかな光と温かな空気を届けてくれていた。
家具は二種類だ。
折り畳み式の簡素なベッドと、食事や書き物をする為に使用する小さな机。机の下には用箋と筆記用具が収められている。セニアは何も云っていなかったが、考えが纏まったらここに再発防止案を記し、外を巡回している兵士に渡せということらしい。
すべきことはわかっている。かといって直ぐにそれを文章に起こせるほど、マサキは書類の作成には慣れていない。
どう書けばいいのかを考えるだけで終わった初日。まんじりとせず夜を明かしたマサキは、配給の食事を掻き込んですぐさま、今日こそは――と、思いながら用箋と筆記用具を取り出した。
壁に向かって固定されている机に向かう。
貧相な食事は、囚人たちと同じメニューであるかららしかった。健康的な就寝時刻や起床時刻も同じだ。マサキが相手であろうと手心を加える気のないセニアに、彼女の本気が垣間見える。ならば、自分も真面目に取り組まなければ。マサキは用箋に向かって、昨日練った文章を書き始めようとした。
だが、あれだけ時間をかけて考え尽くしたにも関わらず、上手く文章に書き起こせない。書いた先から陳腐な言葉が連なっているようにしか見えなくなる自らの文章。どうしたらいいんだよ。少しもしない内に宙を仰いだマサキは深く溜息を吐いた。
そもそも人並み以上にスポーツを嗜んできたマサキは、その経験で、自らの拳が司法からは武器同様に扱われることを知っていた。それは、地上世界と理が異なる地底世界にしても同様だ。常人を凌ぐ力を有する人間は、その力故に深慮でなければならないのだ。
幾ら裁量権を与えられた魔装機神の操者でも限度はある。その現実に、マサキは不服を感じてはいなかった。
力の揮いどころを誤れば、処罰が下される。
当たり前のことをマサキはわかっていた。だからこそ、後悔の念に限りはなかった。もっと自分は上手くやれた筈だった……その気持ちがマサキの文章を揺らがせているのは明白だ。
ついつい言い訳めいた言葉を連ねてしまう自分。それは、反省していることをアピールしたいと思ってしまうからなのか。それとも心のどこかで今回の処分に納得をしていない自分がいるからか――自分でも何が書きたいのか不明な文章が書き付けられた用箋を眺めたマサキは、ややあって静まり返った監房に寝転がった。
電灯がひとつしかない天井を見上げる。
書くのはたったひとつ。一般人へは非暴力を貫くこと。それだけでいい。だのに、それだけで済ませることに抵抗感を覚えてしまう。果たしてその程度で、強硬な姿勢を貫いたセニアが許してくれるだろうか?
険しい表情を崩しもしなかったセニアの厳しい眼差しが思い返される。彼女は明確にマサキの行いを批判していた……
悩み尽きずにマサキは寝返りを打った。程なくして、耳に通路を往く看守の靴音が潜り込んでくる。と、その足がマサキがいる監房の前で止まった。
「マサキ殿、面会人です」
「面会人――だと?」マサキは身体を起こして、鉄扉の前に立った。「会わせていいのか、俺に」
「セニア様からの許可は下りています」
「許可が下りてる……?」
マサキは訝しく感じながら、開かれた鉄扉から外に出た。
囚人用の監房にマサキを放り込んだぐらいであるのだ。セニアが今回の一件を、マサキが考えている以上に重く考えているのは間違いない。そうである以上、安易に面会を認めるような真似をする筈がない。そう思いながら兵士の後を続いて長い通路を往けば、脱走防止用のゲートを抜けた先に、面会室と書かれたプレートが掲げられた扉が見えてきた。
「どうぞ、こちらに」
兵士に導かれるがまま扉を潜り、面会室の中へ。
どの世界でも考えることは同じとみえる。中央を鉄柵で仕切られた小部屋。鉄柵を挟むようにして、テーブルと椅子が置かれている。手前にある椅子に腰を下ろしたマサキは、その正面でマサキの訪れを待っていた書生風の男に視線を合わせた。
「お前、何でここに」
「あなたの仲間が騒いでいましたからね。セニアの処分が遣り過ぎではないかと」
瞳を覆い隠す前髪に、度の強い眼鏡。もっさりとしたガリ勉といった風采の男の名はシュウ=シラカワ。どれだけ姿形を変えてみせようとも、マサキの目は誤魔化せない。纏ったプラーナの質で直ぐに素性が知れる男は、どうやら騒ぎを聞きつけて姿を現わしたらしかった。
「で、それを笑いにきたってか」マサキはふんと鼻を鳴らした。
司直の手に委ねられずに済んだのだ。寛大な処置であるのは理解している。それでも、悠然と言葉を紡ぐ彼を目の前にすると、監房に身を置かざるを得なくなった自分がみじめったらしく感じられてしまう……
だからマサキは虚勢を張った。
それをシュウはどう感じ取ったのだろうか。いつも通りに皮相的シニカルな笑みを浮かべてみせると、
「あなたがどう過ごしているのかを確認しにきたのですが、余計な世話だったようですね」
「余計な世話かよ。わかってるくせに、何でわざわざ足を運んだかね」
「あなたが腐っていたら叱り飛ばそうと思っていたからですよ」
しらと云ってのけたシュウが、けれども今のマサキには羨ましく感じられて仕方がない。そう、目の前のこの男は、魔装機神操者であり剣聖でもあるマサキとは異なり、取るべき責任とは無縁な生活を送っている。
自らの心が命ずるがままに生きているシュウ。彼は自らを縛る因業を断ち切る為であれば手段を選ばない。セニアの手を盛大に煩わせる彼は、この広大なラ・ギアス世界で、自由に振舞うことを許された――否、その圧倒的な能力と力故に放置されるに至ったたったひとりの人間だ。
「お前はいいよな。自由に生きられて」
だからマサキは、自らの気持ちの赴くがまま言葉を継いだ。
「どう振舞っても咎めるヤツがいねえ」
「あなたが想定する自由がどういった意味かはわかりかねますが、義務や権利からの自由といった意味であるのであれば、重罪人である私の自由は確かに保障されたものなのでしょうね」
それをシュウはどう感じ取ったのだろう。平易な声で返された言葉の意図は、学の足りないマサキには読み取れそうにない。
元来が学者肌な男なのだ。
だが、長い付き合いだ。その意味せんとするところを理解出来ずとも、マサキにはシュウが何を云いたいかは察しが付いた。この男がこうも回りくどく言葉を吐く時、それはそれと知れぬ嫌味を吐く時だ。
「気に入らねえからって、回りくどく云うんじゃねえよ。そういう時ははっきり云え」
「察しが良くて助かりますよ。私自身は義務から解放されたつもりはありませんでしたからね」
「その割には、容赦なく敵をぶっ潰してるように見えるがな」
「あなたはそうしたかったのですか」
「そうじゃねえよ……いや、そうだったのかも知れねえな……」
マサキは言葉を濁した。
大事な義妹に下心で近付いた男を、そして止めに入った自分の存在を丸ごと無視してみせた男を、マサキは恐らくまだ許せていない。ふと心の底から湧き上がってきた濁った感情に、マサキはそれを痛感させられた。
だからマサキは言い訳めいた言葉を用箋に書き連ねた。自らの正当性を訴えるが如く。そう、あの男への恨み言を口にする代わりに。
「お優しいことで」
「優しい? お前、何を云ってるんだ」
「殺す程度で済ませて差し上げるのでしょう。相手の命一つで収めてあげるなど、優しさ以外の何物でもありませんね」
「……死んじまったら何も出来ねえんだぞ」
「だから、でしょうに」
クックと声を潜ませて嗤ったシュウが、謳うように言葉を継いだ。死ねばそこまで――。声に抑揚のない男にしては人間味に溢れる声音。けれども、その意味するところがわからないマサキは、目を丸くして目の前の男を見遣ることしか出来ずに。
「本当の地獄を味わわせたければ、生かさず殺さずが鉄則ですよ、マサキ。死んだ方がましだと思いながら生き永らえなければならない人生ほどの苦役が他にありますか? 醜く愚かな人間には相応しいことでしょう」
「だったらお前は、何で――」
そこで言葉が引っ掛かった。いつの間にかからからに渇いている喉。そうだ、こいつは。マサキは自らの残虐性を押し隠そうとしもしない男を目の前にして、かつてのシュウの姿を思い出した。
人間の本性などそう簡単には変わりはしない。シュウ=シラカワという男は、未だ心に残忍さを隠し持っているのだ。ただその矛先が、不特定多数から自らの大事なものの尊厳を侵す人間に移り変わっただけで。彼自身はずうっと。
「答えが知りたいですか、マサキ」
厳かに響き渡った声の元を辿れば、これ以上となく穏やかな笑みが浮かんでいる。きっと、碌な答えではない。嫌な予感に胸をさんざめかせながらも、ああ。と頷いたマサキに、シュウが前髪を掻き上げる。
「死は救いであり、慈悲だからですよ」
そうして慈しむような眼差しをマサキに向けてきたシュウは、暫く沈黙を保った後に、これ以上語ることはないと見切ったようだった。席を立ちあがると、では――と、いつもの彼に等しく、ゆったりとした足取りで面会室を出て行った。
※ ※ ※
神ならぬ人の身ですから――と、いつかマサキに語って聞かせてきた男は、けれどもやはり心のどこかでは他人を裁くことに快感を覚えているのではなかろうか。死は救いであり、慈悲である。口の中でシュウの最後の言葉を繰り返したマサキは面会室を出た。
一度の死を経験している彼にとって、ヴォルクルスからの解放を叶えたそれが救いであったことは想像に難くない。彼はああいった結末を迎えなければ、雁字搦めに捕えられた己が身をどうにも出来なかった。だが、与える死が慈悲であるとはどういう意味なのか。
慈悲を授けること=死を与えることなどと、人の世に戻ってきた彼が口にしていい言葉ではない。
そもそもシュウ=シラカワという人間は、平等性に則った本質的な世界の在り方を重んじることが出来るのだ。性差で役割が定められるなどナンセンス。番がひとりに限られることもナンセンス。固定観念に捉われない彼の寛容さは、時に古典的な道徳観に縛られがちなマサキの狭量さと対立したが、だからこそ、彼は自分こそが正義などと驕れるような人間ではないことを、マサキは天地神明に誓って断言出来る。
その彼が、ああも挑発的な言葉を吐いた。
守るべきものの為であれば、シュウは社会的な正義などどうでもいいのだ。
己の心が命ずるがままに生きる彼は、己の心が命ずるがままに自らが有する絶大な力を揮う。それは彼の自尊心の表れでもあった。何よりも己が納得出来るように。相手を自らの気が済むように罰する為であれば、残虐行為も厭わないと宣言してみせたシュウは、きっと自らの復権には何ら興味を持っていないのだろう。
地位や立場よりも大事なもの。それは自らの心。シュウの言葉から彼が胸に秘めている覚悟を読み取ったマサキは、監房に戻るとすぐさま用箋に自分の偽らざる気持ちを書き付けた。
――今後、一般人には非暴力を貫く。
どれだけプレシアに非礼を働いた男であれ、青年が一般人であった以上、マサキはシュウのようには思い切れないのだ。
マサキはわかっていた。清い水には魚は棲めない。マサキが守りたいラ・ギアスは、雄大な自然の中で数多の人々が生の営みを繰り広げている世界だ。彼らは決して一括りに出来るような性質を持っていない。濃淡が両端に分かれたグラデーション。地上人を蔑む者もいれば、祀り上げる者もいる。富める者もいれば、貧する者もいる。寄付を施す者もいれば、盗みを働く者もいる。そう、碌でもない男であろうと、あの青年もまた、地底世界を構成するひとつの要素に違いない。それを魔装機神操者という立場に就いたことで飲み込めるようになったマサキは、だからこそ素直な心持ちで、書くべきこととしてその一言を用箋に刻み付けた。
監房からの解放は早かった。
翌日、マサキが家に帰ると目を赤くしたプレシアがいた。マサキの姿を目にするなり、自分の所為だと泣きじゃくった義妹に、俺のやり方が悪かったんだよとマサキは笑った。プレシアを心配して集っていた仲間たちは、そんなことはないとマサキのしたことを擁護したが、その言葉にマサキが流されることはもうなかった。
マサキはシュウにはなれないのだ。
生きて、生きて、生き抜いて、この世界の秩序を守り続ける。その遠大な目的の為であれば、自らの自尊心ぐらい幾らでも捨ててやる。プレシアや彼らと久しぶりにテーブルを囲んで、穏やかなティータイムを繰り広げながら、そう自身の気持ちに決着を付けたマサキは、もしかするとシュウはこうなることを望んでいたからこそ、監房にて謹慎させられていた自分の許に足を運んだのではないか――と思わずにいられなかった。
尤も、あの捻くれ者の男のことだ。素直にはそうした考えを吐きはしまい。
――お前はお前の道を往くがいいさ。俺は俺の道を往く。
いつかそう声をかけてやろう。賑やかなプレシアと仲間たちの語らいに耳を傾けつつ、今日も温かな陽光を降り注がせている太陽を窓越しに見上げたマサキは、その瞬間のシュウの顔を想像して、ひとり声を殺して笑った。