人生を変える出会いというものは、現実に存在し得るものであるのだ。
シュウ=シラカワ、或いはクリストフ=マクソードという人間は、シュウ自身が分析するに、凡そ次のような性質を持つ人間であるらしい。一つ、感情よりも理性を重んじている。一つ、主体を自身の外側に定めている。一つ、さりとて、運命を自身の手で切り拓くことを諦めている訳ではない――むしろ、自身の才能に絶対の自信を持っているだけに、事象・事物に不可能を定めることを厭う。
ラ・ギアスの人間は元来、感情を理性で制御しようとするきらいがあったものの、シュウに至ってはその傾向がより顕著であるようだ。平時に於いては絶対的に精神を乱さぬように自身を律し、また窮地に於いても出来るだけ第三者的立場を失わないように努めている。自身の性質に自覚のあるシュウは、だからこそ、自身を乱す存在が現れたことを、最初は脅威にも感じたものだった。
マサキ=アンドー。
肉体的に恵まれた才能を有する彼は、その才能を知能で制御しようとは考えないようだった。物事を判断するのは常に直感。感情的ですらある彼の行動理論は、シュウに思考させることを許さないまでに短絡的だ。
二手、三手先を読むのも容易い彼の思考回路は、だからこそシュウにその存在を見縊らせた。天は二物を与えずとはよく云ったものだが、彼に関しては二物を与えられなかったことが致命的な弱点に感じられたものだ。何故なら、マサキ=アンドーという人間は、それ故に自身の溢れんばかりの才能を正しく発揮する方法を知らなかったからだ。
それが本来、慎重派でもあったシュウをして思い上がらせた。
そこから生み出された油断と隙は、生命を代償とする形でシュウに襲いかかった。道を切り拓くのは己の力であると信ずるシュウでありながら、その不幸を運命のひと言で片付けてしまったのは、シュウ自身が望まない人生を歩んでしまっていたからに他ならない。
そういった意味でマサキ=アンドーという人間はシュウにとっての恩人である。
それをシュウが認めていながらも、マサキに対して感謝を素直に表すことが出来ずにいるのは、彼が変わらずに自身の才能を直感で制御しようとしているからだ。遠く、手の届かない位置にある力を有していながら、本人はその有難みを感じることなく、ましてや正面から向き合うこともせず、ただ流されるように揮い続けている。これでシュウが面白い筈がない。
羨ましくて、妬ましくて、だのにひれ伏したくなるほどに眩い。
それがシュウ=シラカワという人間にとってのマサキ=アンドー――魔装機神サイバスターの操者であった。
「何だよ。急に黙り込みやがって」
何度目の沈黙と邂逅。シュウはマサキを目の前にすると、己の理性が崩されるのを感じ取らずにいられなかった。
他人を相手にするように平静を努めることが出来ない。自分でも愚かだと感じるほどに、胸はさんざめき、感情は乱される。その都度、シュウは過去から現在までの彼との関係を振り返った。どこで何がどう変化していったのか。そこにこそシュウが彼に抱いている感情の答えがあると、シュウ自身は信じていたからこそ。
しかし、幾度、答えを導き出そうとしたところで、袋小路に入り込んだかのように何も発見は出来ぬまま。
「家の鍵でもかけ忘れたか。何か都合の悪いことを思い出したって顔をしていやがる」
「あなたは私がその程度のことでそういった表情をするような人間だとでも思っているのですか」
「何だよ。図星か」
「まさか。あなたでもあるまいし」
嫌味混じりに言葉を吐けば、ふん、とマサキが鼻を鳴らす。その小生意気な表情が癪に障ることもあれば、ただただ愛くるしく感じてしまうこともある。だからこそ、知りたいのだ。自身の感覚の変化がどういった状況で齎されるのか。そこにこそ、この胸を騒がせる感情の本質がある。
今のシュウにとって今のマサキの表情は後者に感じられるものだ。シュウが煽るように言葉を吐いたことで変化した彼の表情は、シュウ自身の行動が作用した結果のひとつである。だからだろうか? シュウはマサキの顔をまじまじと凝視めた。それなりに年齢を重ねた彼の顔を幼く感じさせる大きな二つの眼。それがシュウを捉えている。
そこに映っている自身の表情をシュウは見た。
鏡に映る自身の顔を見るのとはまた違う。面白味のない顔をしていると、シュウは表情に乏しい自身の顔を評していたが、彼の瞳に映る自身の表情はそれを大きく裏切るものだった。何がそんなに楽しいのかと自分に問わずにいられないほどに、満ち足りた表情。心なしか、目尻の際が下がっているようにも感じられる。
「何だよ。また黙って……」
そうしたシュウの表情の変化をマサキはどう捉えているのだろう? いや、きっとマサキのことだ。そうした変化にさえも鈍感であるに違いない……シュウは苦笑しきりで、自身の疚しさを打ち消すように言葉を吐いた。
「相変わらず、幼い顔をしていると思っていたのですよ」
「うるせえな。どうせ俺は童顔だって」
「おや、少しは気にしていたのですか」
「そりゃ、まあな……」
いつかこの感情の名前を知る日が来るのだろうか。シュウは見付からない答えに内心途方に暮れながらも、拗ねたような表情を自分に晒しているマサキに、ふふ……と小さく声を立てて笑った。