敵機の最後の一体が派手な音を立てて装甲を瓦解させてゆく。何の感慨もなくそれを眺めていたマサキは、直後に爆散した機体にようやく片が付いたと空になった戦場を見渡した。
乾いた大地が吹き抜ける風に砂を立てている。荒寥とした景色。期せずして洩れ出た溜息に、マサキが自分が疲れ果てていることに気付かされた。当然だ。マサキは自身の手のひらへと視線を落とした。戦いとは人間の行いの中では最も非生産的なものであったが、今回の戦争は特にその側面が強かった。
説得の余地もなく特攻を仕掛けてくる敵の若い将校たち。陣に切り込んで来るなり自爆をした敵機の数々。戦場とは性別や年齢で扱いが変わるような場所ではなかったが、それでも若い女性や成人に満たない子どもが命を散らしてゆくのは堪えたものだ。脳裏を駆け巡った戦いの記憶に眉を顰めたマサキは、ようやく動いた顔の筋肉に、僅かならも自分の人間性が見出せたような気がして安堵せずにいられなかった。
「酷い顔をしていますね」
掛けられた声にマサキは背後を振り返った。冷ややかな面差し。滅多なことでは動揺を露わにすることのない男がコントロールルームの壁に凭れるように立っている。厄介事をマサキの許に持ち込んできた張本人は、戦う力が今はないからと高みの見物を決め込んでいた。
「これで晴れ晴れとした顔をしていられたら、それはそれで問題だと思うがな」
「信念を持つ相手との戦いほど後味の悪いものはないと?」
「俺も似たようなものだしな。考えない、なんてことは出来ねえだろ」
マサキは正面にあるパネルモニターの向こう側に展開されている景色へと、再び視線を向けた。残骸ばかりが転がる赤茶けた大地。敵機とはいえ色取り取りのユニットが揃い踏みした光景は、セニアが目にしたらさぞ喜んだことだろう。そう思わずにいられないぐらいには鮮やかだった。
ほんの数時間前まであった光景が、今はない。
何体かは戦場を離脱したようだったが、後続していたテュッティたちが片を付けてくれたようだ。彼らの報告から察するに、結局、誰ひとりとして投降してくることはなかったようだ。マサキは再度、溜息を吐いた。半年近くに及んだ戦いがようやく終わったというのに気が晴れない。
荒寥とした大地。自然豊かなラ・ギアスの景色をこんな風に感じさせるようにしてしまったのは誰だ。マサキは自身に問い掛けた。それを犯したのは自分と、大切な相棒であるこの白亜の機神。秒もかからずに浮かび上がった答えに、ざまあねえ。マサキは乾いた笑いを立てずにいられなかった。
「……帰るか」マサキは独り言のように言葉を発した。
そしていつの間にか操縦席にまで迫っているシュウを見上げた。
「お前は何処まで付いて来やがるんだ、シュウ。行く場所があるってなら送ってやる。なきゃ適当なところで下ろすぞ」
「あなたは真っ直ぐ帰るのですか、マサキ」
「当たり前だ。帰って熱いシャワーを浴びる」
冷ややかに映った先程までの面差しは、自身の目的に一段落ついたこともあってか。穏やかさを取り戻したようだ。温かな双眸がマサキを包み込むように見下ろしている。何だよ。そう尋ねなければ、いたたまれなくなりそうな眼差し。この男は時々、マサキを愛でるような視線を向けてくる。
「デートをしませんか、マサキ」
「お前の冗談に付き合ってる暇は今はねえぞ。とにかく身体を休めたい」
「何処に行くかぐらいは聞いてくれてもいいものを」
「聞いたって付き合えねえだろ」
マサキは何故か呆れた風な表情を浮かべている二匹の使い魔を見遣った。計器類の上で寝そべっている二匹は、マサキとシュウのふたりが顔を揃えた以上、そう簡単には話が終わらないと思っているようだ。おい、行くぞ。マサキはすっかり寛いでいる様子な二匹の使い魔に声を掛けた。
「まだシュウを何処で降ろすか聞いてニャいのよ」
「その前に、ここから王都までマサキひとりで戻れるのニャ?」
「道案内はこいつとお前らの仕事だ」マサキは交互に自身の使い魔とシュウを見た。「で、お前は何処で降りるんだ」
瞬間、シュウの顔がふっと和らいだ。地上で。直後にそう口にした彼に、ニャ? と、二匹の使い魔が飛び上がる。
「冗談だろ。俺は半年間の遠征が終わったばかりだぞ。一刻も早く帰りてぇとしか思ってないのに、地上に出ろって?」
「勿論、ただでとは云いませんよ。あなたの働きには感謝していますからね、マサキ。蕎麦ぐらいは奢りますよ」
「蕎麦ねえ。立ち食いだったらぶっ殺すじゃ済まねえな」
「その後には除夜の鐘でも撞きに行きましょうか。ああ、賽銭代も勿論出しますよ」
「そうか、地上はもうそんな時期か……」
続くシュウの言葉に事態を飲み込んだマサキは、もう何年も過ごすことのなかった大晦日の夜を思った。子どもであっても夜更かしが許される日。テレビを見ながら年越し蕎麦を食べ、0時を迎えると同時に新年の挨拶を済ませて眠りに就く。
翌朝になればお年玉だ。分厚い新聞を眺める父親と、おせちの準備をする母親。そうして特番ばかりが続くテレビを眺める自分。午後にもなれば気の早い友人がお参りに行こうと誘いに来る。向かうのは近所のこじんまりとした神社だ。賽銭を投げてお参りを済ませて、後はその辺りの公園で日が暮れるまで遊び惚けた。
それももうかなり遠い昔のこととなってしまった。
「まあ、少しぐらいなら付き合ってやってもいいが……まさかお前、用事がそれだけなんて云わねえよな」
「後は私の個人的な用事ですから、あなたはそのまま帰ってくださって結構ですよ」
「それが信用ならねえんだよな」マサキは頭を掻いた。「まあ、いい。シロ、クロ、地上に出るぞ」
あいニャ! と威勢の良い声を上げた二匹が、それぞれの持ち場へと走ってゆく。
「それにしても、どんな気紛れだよ。大晦日を地上で過ごそうなんて」
サイバスターの動力炉に火を灯し、転移システムを実行する。座標をどうするか悩んだが、どうせ思った位置に出られた例がないのだ。マサキは適当な座標を設定した。ブン……と耳障りな電子音が耳の奥で響く。正面のパネルモニターが景色を極彩色のウェーブをで上書きした。
するりとシュウの手がマサキに頬に触れてきたのは、その瞬間。
「今年の煩悩は今年の内に昇華しないとなりませんからね」
はあ? マサキは顔を顰めずにいられなかった。シュウが何を企んでいるかは不明だが、どうせ碌な事ではないのは間違いない。俺は直ぐ帰るぞ。そうとだけ言葉を継いでシュウの手を振りほどいたマサキに、いけすかない男はククと声を立てて笑うばかりだった。