二匹の使い魔と、ああでもないこうでもないと云いながら、床の上で模型を組み立てていたマサキだったが、どうやら思ったほどスムーズに組み立てられないことで飽きてしまったようだ。バラバラに散ったパーツもそのままにソファに上がってくると、疲れた。と、シュウの肩に頬を預けてくる。
「そういったものは時間を掛けて作るものですよ」
「60パーツだぞ。数時間で終わるもんだろ」
「飽きるの早過ぎません? 払った金額を思うと、数時間で作れちゃったら逆に勿体ないですよ」
読書に耽っている主人の肩で取り留めのないお喋りを続けていたチカが、そう云ってマサキに向けて首を伸ばす。
金にがめついチカは費用対効果にも煩い。それに対して細かいことをいちいちと――と、思ったのかは定かではないが、暇潰しの道具だぞ。という面倒臭そうなマサキの返事から察するに、彼にとって娯楽とは、長くても一時間で終わるぐらいが丁度良いらしい。
「やらニャいニャら、片付けるんだニャ」
「自分の家じゃニャいのよ」
片付け易いようにだろう。いじましくも散らかったパーツを手や足を使って一箇所に集めた二匹の使い魔が、マサキを追ってソファに上がってくる。
どこかのお喋りなだけの使い魔とは大違いだ――と、シュウは思うも、マサキは彼らの言葉を聞く気はないようだ。手を振って使い魔たちを払い除けると、シュウの膝の上に乗っている書物に手を掛けてくる。
反応する間もない。表紙を閉じた本をマサキがソファの端に置くのを横目に、丁度いいタイミングだと、シュウは腰を上げた。そろそろ喉が渇き始めている。一時間ほど模型と睨み合いを続けていたマサキもきっと喉が渇いていることだろう。そう思ってキッチンに向かおうとすれば、待てよ。と、腰に伸びてくる彼の手。
「何です、マサキ」
「座れよ」
「喉が渇きませんか」
「いいから座れって」
こうと決めたら譲らないマサキの性格は、些細なことにも発揮された。飲みたい種類の飲み物がなければ、喉の渇きが極限を迎えていようが構わず街まで買いに出て行ったし、今日を家で過ごすと決めれば、食料が足りなくとも一歩も外に出ない。
今のマサキは果たして何を考えているのだろう? 服を掴んで話す気配のないマサキに、シュウは仕方なしに腰を落とした。のそりとマサキが膝の上に乗り上がってくる。しどけない瞳。そのまま顔を寄せてくる彼に、ひぃ。と、声を上げてチカが宙に飛び上がった。
「いちゃつくならひとこと声を掛けてくださいよ! あたくしにだって恥を感じる心はあるんですよ!」
チカ抗議の言葉も何のその。シュウの口唇を啄み始めたマサキに、けれども彼の使い魔二匹は呑気なもの。
「いつものことニャのね」
「マサキは気紛れニャのだ」
シュウの足元でのんびりと言葉を吐く彼らに、「ああもうこの二匹は主人に似て鈍感っつーか細かいことを気にしないっつーか!」叫び声を上げながら、チカが戸棚の上に飛び込んでゆく。
姿を隠したチカに、見て見ぬ振りをするシロとクロ。気遣うべき視線がなくなったことで、欲望に素直になったようだ。マサキが深く口唇を合わせてくる。
「本当によく似た主人と使い魔で」
口唇が離れた隙を窺って、シュウがそう言葉を吐けば、自覚はないようだ。そうか? と、マサキが首を傾げてみせる。
「猫のようですよ、あなたは」
気紛れなマサキは、シュウの許を訪れてきてはてんで好き勝手に振舞った。テレビを眺めていたかと思えば、庭に出て剣の素振りを始める。雑誌を読んでいたかと思えば、部屋の掃除を始める。食事の支度にせよ、シャワーを浴びるのにせよ、シュウに断るということをしない彼は、まるで長年一つ家で過ごした同居人のようだ。
恐らくは、馴染みの薄さがそうさせていたのだ。シュウの許に自ら訪れるようになった頃のマサキは、スキンシップを求められることを怖れてか。不自然に屋内を動き回っていたものだった。時間が経つに連れ、少しずつふたりの関係に馴れていったのだろう。今では我が家のように振舞うようになったマサキは、衝動的且つ本能的にシュウに触れてくるまでになった。
「猫って家につくって云うじゃねえか」
膝に乗ったままのマサキが、シュウを真っ直ぐに見詰めてくる。
「あなたの振る舞いを見ていると、この家の付属物にでもなったのではないかと思いますよ」
「冗談だろ。俺は家についたつもりはねえよ」
そう云って再び顔を寄せてくるマサキに、随分と遠回しな愛の言葉もあったものだ。シュウは胸の内で呟いた。
塞がれた口唇に、彼の口を吸う。
ん、と小さく声を上げたマサキが、シュウの口腔内に舌を差し入れてくる。
きっと、気紛れな彼のこと。いずれ満足した暁には、名残惜しさを感じさせることもなく、シュウから離れてゆくのだろう。シュウは彼の熱い舌の温もりを味わいながら、その重みをひとり噛み締めた。