甘いものをひとつ

 マサキの目の前に置かれたチョコレートパフェに、シュウは胸やけが起こるのを抑えられそうになかった。
 とかく大きい。近頃のデザート文化では何もかもが小さめになる傾向があったが、そういった身体に対する気遣いなどまるで無視。深く高さのあるグラスにこれでもかと詰め込まれたアイスクリームにケーキ、シリアル。小さな燭台なら追い越しているだろう高さにまで盛られた生クリームなどは、最早店主の好みというより嫌がらせの域に達している。
 甘味のブラックホールである水の魔装機神操者であれば二、三個はぺろりと平らげてみせるだろうが、如何に食べ盛りとはいえ、甘いものにそこまで拘りのないマサキがほんの気紛れに注文した品。果たして完食出来たものか――シュウが内心不安を感じていると、ほら。と、マサキがパフェスプーンを差し出してくる。
「……私にこれを食べろと」
「俺がひとりで食い切るのは無理に決まってるだろ」
 さも当然と云い切ったマサキに、シェアする食べ物にも限度があるとシュウは思わずにいられなかった。
 胃にあまり量を入れないシュウは、よくマサキに自分が注文した料理をシェアさせたものだったし、それに倣ってマサキも少しつまみたい程度の料理をシュウによく分け与えてきたものだったが、こうした展開を迎えるとは流石に予想だにしていなかった。
 紅茶にせよ、珈琲にせよ、プレーンな味付けを好むシュウである。料理もどちらかといえば、食材の味を活かしたものを好んでいる。そのシュウに恋しい人は甘味の塊を食えと云う。渡されたパフェスプーンを片手に固まること一秒。「まさか半分ことは云いませんよね」シュウはマサキに確認した。
「そのつもりだけどな」
 早速と生クリームをスプーンにたっぷり取ったマサキが、またまた至極当然と云ってのける。無理ですよ。シュウは言下に否定した。こんなものを胃に入れてしまった日には、まともに一日を過ごせた気がしない。
「三分の一」
「無理です」
「わかった。四分の一」
「もう一声」
「五分の一。これでどうだ」
 ひとりで食べ切るという選択肢はないようだ。
 わかりました。シュウは提案通り、五分の一で手を打つことにした。そして、暴力的な量の生クリームにスプーンを通す。下に敷かれているチョコレートケーキまでの道のりは遠そうだ。そう考えながら、先ずはひと口。
「……甘いですよ」
「当たり前だろ。パフェなんだから」
 その通りである。だのに、釈然としないこの気持ちは何だ? シュウは目の前のマサキががつがつと生クリームを片付けてゆくのを見守った。一口、二口……この勢いならひとりで完食出来そうであるだろうに、何故わざわざシュウとシェアしようなどと思ってしまったのか。シュウは時折、様子を窺ってくるマサキに仕方なしに手を動かした。
 二口目の生クリームも相変わらず甘い。眉を顰めてそれを咀嚼しきったシュウは、そこでマサキの頬に手を伸ばした。
 スプーンからはみ出る勢いで生クリームを掬っていた彼の頬にはその残滓がこびりついている。
「もう少し、行儀よく食べられては如何です」
 頬から掬い取った生クリームをシュウは自分の口に収めた。仄かな甘みがふわっと口の中に広がる。
「このぐらいが丁度いいのですけどね」
 思いがけぬ行動であったようだ。呆気に取られた様子でいたマサキが、「……少な過ぎるだろ」と、直後に頬を膨らませる。そうでしょうかね。シュウはスプーンをグラスに差し込んだ。
 食べられないのであれば、食べさせればいい。
 たっぷりと掬った生クリームをマサキの口元に運ぶ。子どもじゃねえ。愚痴めいた言葉を吐きながらも満更ではなさそうだ。口を開いたマサキに、シュウはゆっくりと時間をかけてパフェを与えていった。