三歩先も見えない宇宙の暗がりの中に潜むようにして、全機を輩出して布陣を展開させてくるロンド・ベルの一団を、モニターの向こう側から眺めていた。
シュウの意識を皮のように覆うサーヴァ=ヴォルクルスの意識。地底世界ラ・ギアスにおける悪名高き破壊神は、ようやく肉体ごと捕らえたシュウ=シラカワという人間を、三千世界の敵としての代名詞とするつもりなのだろう。それはこの一手。地球を滅ぼすべく蜂起したシュウは、それが自らの意思を裏切った行動でありながら、自らの制御下を離れた意識と身体に、けれども一筋の希望を見出していた。
どれだけシュウの英知を注ぎ込んだグランゾンとはいえ、それは人間の知恵の範囲内の代物でしかない。人が造りたもうた新たな生命体――高度なAIを積んだ人型汎用機を、どうして人の手で壊せない筈があろうか。長く敵として、或いは味方として、長い戦役を戦ってきたロンド・ベル。軍より遊撃部隊として戦いにおける裁量権を与えられている特殊な一団の力を、だからこそシュウは誰よりも良く知っているつもりだ。
強固な装甲と高い攻撃力を持つヴァルシオンを壁に、月面に立つグランゾン。出来れば正気を保った状態で、この豪華絢爛な光景を目にしたかった。地上の技術の粋を集めに集めた数多くの人型汎用機が居並ぶ眼前の光景に、シュウは心からそう思った。
その中に、白銀の輝きを放つ機体姿がある。
そうそうたる面子が顔を揃えるロンド・ベルの一団の中にあっては、埋もれてしまいそうになる個性。けれども自らを追い続けてきた少年が操る白亜の鳳は、だからこそ、冬の最中に吹き荒ぶ空風のようにシュウの心を激しく嬲るのだ。かつての自分にもあんな日があったと。
王宮という籠の中に閉じ込められたシュウは、幼き日々より自由を求めていた。生まれに関わらず、自由に職業を選択出来る民衆はいい。彼らには果てのない未来が常に開けている。地位と名誉に与ろうとも、生れ落ちた立場故に自由を得られない王族。彼らを縛る制約のなんと愚かなことか。立ち居振る舞いから、生き方、思想信条……あらゆる事項に制約を受ける王族という生き物は、鎖によって牢獄に囚われる罪人と何ら変わりはない。
そう思っていたシュウは、幾度、空を羽ばたく鳥に尋ねたことだろう。羽根があれば飛べるでしょうか。王宮という籠を出て、自らの力で生きる民衆の世界へと。シュウが望んだ自由はその程度のささやかなものであった筈だ。それがどうだ。今となっては意識も肉体もヴォルクルスという鎖に繋がれてしまっている。
所詮、籠の外も籠の中なのだ。
自由の意味を履き違えた教団信者たちは、自らの心の赴くがままに、サーヴァ=ヴォルクルスの顕現を目論んだ。それは己を捨てることと同義であるのに、彼らはその程度の矛盾にも気付かない様子で、せっせと信仰に励み、数多の民衆に被害を及ぼした。
――上から見下ろす世界は愉しいか?
刺々しい少年の声が聞こえた気がした。いずれモニターの向こう側の少年は、あの白亜の鳳を駆って、シュウの目前にその姿を露わにすることだろう。それがシュウがヴォルクルスに飲み込まれた結果、犯してしまった罪に対する罰だった。シュウは、最早微塵も動かせなくなった身体を放棄して、心の中でひっそりと嗤った。何故だろう。こんなに差し迫った状況に置かれているのに、シュウにはその事実が例えようもなく愉しく感じられて仕方がない。
――そうですよ、マサキ。私は常に世界を俯瞰して眺めている。けれども、自らの心の赴くがままに生きることを許されなかった私に、どうして個などというものが持てたものでしょう。
自由を求めた少年は、不自由という鎖に繋がれてしまったからこそ、個人でいることを諦めたのだ。
きっと、シュウの命は、そう遠くない未来に潰えることだろう。グランゾンという力、サーヴァ=ヴォルクルスの意識、そして様々な能力に秀でいているシュウ=シラカワ――或いはクリストフ=マクソードの肉体。その三者が揃おうとも、所詮は人が成したことである。
――諦めるな!
ふと、決して少年が口にしないであろう言葉が聞こえた気がした。どんなに辛いと思っても、お前が望む未来を諦めるな! いつ、何処で聞いた言葉だっただろう? 確かに聞き覚えのある言葉に、シュウは自らの記憶を探り始めた。ヴォルクルスの支配が強くなるにつれて、日々失われ続けた記憶の数々を。
そうして、それを視た。
あれはいつかのクリスマスシーズン。異国どころか異世界での年の瀬に、不思議な青年と会った記憶。あの頃のシュウはまだ、ビアンの庇護を必要とする少年だった。そしてその現実に反発心ばかりが肥大していく少年でもあった……そうだ。シュウは思った。少年とラ・ギアスで出会った時にはまだ覚えていた筈の大事な記憶。決して忘れないと誓った。それをシュウは、サーヴァ=ヴォルクルスなどという太古の亡霊に奪われたのだ。一矢を報いないと気が済まない。シュウは意識を表層へと押し上げようとした。ヴォルクルスという殻を破り、この終わりの見えない悲劇に決着を付けることが出来るのは、自分しかいない。
――……マサキ=アンドー。そして安藤正樹。
あの日から、自分はどれだけのものを諦めてしまったのだろう。生きること、生きていくこと、生き続けること。たったそれだけの単純な営みですら億劫になる程に、ヴォルクルスとの係わりが断ち切れない日常生活に倦んでしまっていただろう。さあ、来なさい。シュウはヴァルシオンと戦闘に入ったロンド・ベルの一団を、モニター越しに見詰めながらそう口にしていた。
――私が私を終わりにしなければ、誰が私を終わらせられるものか。
サーヴァ=ヴォルクルスの野望を終わりにするのだ。シュウは嘲笑った。かつての自分を振り返って、ただひたすらに己を嘲り続けた。何故なら、その答えはシュウが忌むものであったからだ。諦めるな。マサキと交わした約束を忘却させられていたとはいえ、それでも尚、生きることを諦めないしぶとさが、かつての自分にはあった。
だからこそ、シュウは言葉を紡ぐ。それが未来のマサキに届くことはないと知りながら。
「私はつまらない大人になってしまったようですよ、マサキ」
あなたに書いて欲しい物語3
@kyoさんには「三歩先も見えない」で始まり、「羽があれば飛べるでしょうか」がどこかに入って、「つまらない大人になってしまったね」で終わる物語を書いて欲しいです。