ちょっと! と、往来の真ん中で呼び止められたシュウは、聞き慣れたその声に、相手が誰であるかの見当が付いたからこそ足を止めた。
「何の用ですか、リューネ」
振り返って声の主と向き合えば、挑戦的な瞳がシュウに向けられていた。
太陽の光に照らされて美しく輝くゴールデンブロンド。光沢のある艶やかな髪が風にたなびいている。
恐らくは、母親譲りであるのだろう。恵まれた容姿をダメージジーンズとタンクトップで包んでいるリューネに、いつものことながら際どい服装をしている――シュウはつい口を吐いて出そうになる溜息を飲み込んだ。
「あんたに聞きたいことなんてひとつしかないんだけど?」
まだまだ無邪気さが残るリューネは、自分の容姿に無頓着だ。男勝りな性格も手伝ってか、まるで少年のような格好を好んでしてみせる。それが異性の注目を集めるとも知らず……ずいと自分に迫ってきたリューネを鼻先で躱したシュウは、失礼。と、彼女を斜めに見下ろした。
「ホント、気障ったらしい!」
その気障ったらしい男をわかっていて呼び止めたのは自分であるというのに。つくづく不思議な少女の振る舞いにふとシュウの口元が緩む。
「何、笑ってるのよ。あんた、実はあたしのこと馬鹿にしてない?」
「むしろ感心しているのですよ。気に入らない男を呼び止めてまで、マサキの居場所を聞きたがるあなたにね」
「な……何でわかったの!」
驚きに目を見開くリューネに、シュウはクックと声を潜ませて嗤った。
ここ半年の統計結果。十三回シュウを呼び止めたリューネは、その内の十二回をマサキの行方を尋ねるのに使っている。残りの一回は、マサキとの喧嘩で感情的になっていたようだ。あたしのマサキを取らないで! と、涙目で訴えてきたものだ。
今日のリューネの態度からして、マサキと喧嘩をしたとは考え難い。即ち、彼女がシュウを呼び止めたのは、一緒に街に出てきたマサキとはぐれたといった事情であろう。そのシュウの推理は当たっていたようだ。動揺激しいリューネは、けれども即座に気を取り直してみせると、「と、とにかく、目的がわかってるなら、マサキの居場所を教えて」
「知りませんよ」
「えー? 隠してない?」
話の途中で言葉を遮ったシュウに、リューネは不満がありありと浮かぶ表情をしていた。
「本当に知らないのですよ」シュウは重ねて云った。「何せ私は、今しがた、そこの古書店から出てきたばかりですからね」
シュウはリューネに背後の古びた建物を指し示した。煤けた煉瓦建ての二階家。一階は古書店、二階はアパートメントになっている。
突き出し看板には、当然ながら『古書店』の文字。
「ああ、だからその大荷物……」
それでシュウが手に提げている紙袋の大きさに納得がいったようだ。ふわりとカールを描いているリューネの髪が揺れる。
次の瞬間、身を屈めて無遠慮にも紙袋の中身を覗き込んできたリューネは、そこに詰め込まれている大小様々の古びた書物に、何故か酷く嫌気が差したような表情になった。あんたさー……。珍しくもシュウの顔をじろじろと眺めてくると、呆れた口振りで言葉を継ぐ。
「もうちょっと健康的な趣味を持ちなよ。そんな生っ白い肌の色してさ」
「ご心配には及びませんよ。これでも毎日鍛錬は欠かしていませんので」
「本当かなあ」
続けてシュウの腕に視線を落としてきたリューネは、シュウの細い体のつくりが気にかかるのだろう。しきりと首を傾げながら、「あんたが戦場で生き抜けるのが奇跡に思えるよ」
「あなたの容姿も人のことは云えないと思いますが」
「何それ! 嫌味!?」
「まさか。褒めているのですよ」
父親譲りの意思の強さと母親譲りの容姿。素上の良さといい、もっと似合う活躍の場があっただろうに、リューネ=ゾルダークという女性は戦い続ける道を選んでしまった。そう、マサキ=アンドー。彼の傍に居続けたいが為に……。
それを惜しむ気持ちがシュウにはあった。
彼女の父ビアンに世話を受けたシュウとしては、リューネには幸せになって欲しいのだ。
「それにしても」シュウはずしりと重い紙袋を掲げてみせた。
「あなたもマサキと同じことを云うのですね」
シュウの家の書庫に並ぶ本の背表紙に書かれているタイトルを見ただけで、意欲が失せるのだそうだ。マサキはげんなりとした表情をしながら、良くシュウにこう云ってきた。
――お前、健康的な趣味を持てよ。
重なり合うふたつの言葉。それがシュウにはただただ可笑しく感じられて仕方がない。
けれどもリューネの受け止め方は異なったようだ。止めてよね、ホント! シュウとマサキ、自分の知らないふたりのプライベートに想像を及ばせたのだろう。抗議の声を上げたリューネに、シュウはふふ……と微笑ってみせた。