右に左に行き交う整備士たちが、油に塗れながら点検作業に取り組んでいる。
ふらりと訪れた格納庫。決して行き場が他になかった訳ではなかった。むしろ望んでここに来たシュウは、格納庫の片隅に積まれている木箱を取り上げて居場所を定めると、そこに腰掛けて手にしていた専門書の表紙を開いた。
巨大なロボットの点検作業とあっては、決して静かにとはいかない。パーツを釣り上げるクレーンの音、巨大なローリングタワーが移動する音。耳をつんざく轟音が頻繁に響いてくる巨大格納庫は、けれども戦いに疲れたシュウの身体を癒してくれる格好のパワースポットだった。
心地良い。シュウは耳慣れた音をオーケストラ代わりに専門書を読み進めていった。
その背後にふと感じた馴染み深い男の気。マサキだ。けれどもどうせ後ろを通り抜けるぐらいだろうと、彼との日頃の関係を振り返って思ったシュウは、特に気に留めることもなくデータが織り成す世界に没頭し続けていた。
だのに、立ち止まる気配。マサキは何をしようとしているのか。シュウが気になった瞬間だった。
背後から伸びてきたグローブを嵌めた手が、シュウの顔を覆おうとしている。何が起ころうとしているのか――彼の良識を信用しているシュウは身構えこそしなかったものの、不審を感じずにいられなかった。
塞がれた両目に、マサキ。と、声を上げる。少しの間だ。と、言葉を返してきた彼に、どういうことだ? シュウは意識を研ぎ澄まして辺りの様子を窺った。
複数人の気配がこちらに近付いてくる。恐らく整備士たちだろうとは思うものの、不審は拭えない。敵意はないようではあったが、視覚情報を封じられているシュウにはそれが正しいかを判断する術はない。
警戒心を強めたシュウは、自らの目を塞いでいるマサキに尋ねた。
「何をしようとしているのです、あなたは」
「俺じゃねえ」いつも通りの嫌気混じりの声。「俺はこんな役は嫌だっつったんだが、他に出来そうなヤツもいないって云われちまってな――ほらよ」
その言葉とともにマサキの手が取り去られる。
視界を取り戻したシュウは、目の前に立っている整備士たちが差し出しているものを見て、どう反応すべきか悩まずにいられなくなった。
4号ほどの大きさのケーキ。航行を続けている艦の補給予定地はまだ先にある。そう、こういったものを買える環境に今の彼らはない。恐らくは誰かが作ったのだ。そう判断したシュウは、これは――とようやく言葉を発した。
「博士の誕生日と伺いました」
恐らくはサフィーネたちから聞いたのだろう。真顔でケーキを差し出している整備士たちに、シュウはひっそりと溜息を吐いた。いつの間にか漏れ伝わっていた個人情報。けれども、善意からの行動を咎めようとするほど野暮でもない。
「わざわざそのようなことをせずとも結構でしたものを」
「日頃、博士にはお世話になっておりますので」
生真面目が服を着ているかのような実直さでシュウと向き合う整備士たちに、わかりました。シュウは頷いてケーキを受け取った。「これは有難くいただくことにしましょう」
そして背後のマサキを振り仰ぐ。
「あなたが片棒を担ぐなど、珍しいこともあるとは思いましたが、こうした事情からだったのですね」
「何を云ってるんだ、お前は。こいつらがしつこいからに決まってるだろ」
「どうでしょうね」シュウは嗤った。そしてケーキを片手に立ち上がった。「あなたはお人好しですから」
その言葉に盛大に顔を顰めたマサキに、誕生日には覚悟しておくのですね。そう告げてシュウは専門書を小脇に、格納庫を出て行くことにした。
140字SSお題ったー2
kyoさんは【目隠し】をお題にして、140字以内でSSを書いてください。