お祭りに行こうよ。と、ミオに誘われたマサキは、後でバレて怒られるのは嫌だと最初はごねたものの、責任はあたしが取るからという彼女の言葉に押し切られ、サイバスターでザムジードとともに地上に上がることになった。
どうせ数時間ほど見て回る程度だというのに、ご丁寧にも浴衣に着替えた彼女は、自分ひとりだけがめかしこんでも風情がないと、マサキにまで浴衣を着るようにと求めてきた。勿論、マサキは頑なに拒否を続けたのだが、「こういうのは雰囲気が大事!」とミオも譲らない。
結局、ミオに根負けしたマサキは、履き慣れぬ下駄を鳴らしながら祭りの舞台たる神社に足を踏み入れることとなった。
時は夕刻。既に会場は相当の賑わいをみせていて、櫓周りには二重に人が輪を作っている状態だった。
高らかに鳴り響く太鼓の音。誰も彼もが楽し気に踊っている中、ミオに引っ張られるようにして輪に混じることとなったマサキは、すっかり忘れてしまった踊りの数々に、櫓を見上げて見様見真似。最初は眺めるだけ眺めて終わりにするつもりのマサキだったが、踊り出せば日本人の血が騒ぐ。夢中になってもう一曲と続けている内に、どうやらミオとはぐれてしまったようだ。ふと気付けば彼女の姿がどこにもない。
ミオ。呼びながら境内を探し回る。
空は既に暗くなり、屋台の明かりが眩く辺りを照らし出している。人の流れも多ければ、店先を覆う人垣も厚い。祭りが本番を迎える時刻となったからだろう。どの屋台も盛況だ。その店先をひとつひとつ覗いてゆくも、ミオの姿は見付からない。どこに行ったんだ――マサキが途方に暮れかけたその時だった。
「これはまた奇妙なところであなたと会いますね」
背後からかけられた声に、げ。と声を上げたマサキは、よもやこんな場所で顔を合わせると思っていなかった人物の登場に、その場から飛び退かずにいられなかった。
「……なんでてめぇがここにいやがるんだよ、シュウ」
「知り合いの大学教授が近くに住んでいるのですよ。彼を尋ねたついでに、祭りの雰囲気を味わって帰ろうと思ったのですが」
そこでマサキがひとりでいることに気付いたようだ。シュウは周囲を窺うと、連れの姿がない理由を察した様子で、
「まさかとは思いますが、こんな狭い神社の敷地内で迷ったのですか」
「迷ってねえよ。はぐれただけだ」
「それを世間では迷っていると称するのですよ」
「迷ってねえって云ってるだろ。踊ってたらいつの間にか姿が見えなく」
「しかし私の目が届く範囲には知った顔はないようですが」
人垣の中から頭一つ突き抜ける長躯。確かに長身を誇るシュウであれば、かなり遠くまで見渡せる筈だ。
どこに行っちまったんだよ。マサキは溜息を洩らしながら辺りを見渡した。
普段の姿であればさておき、今日のミオの装いは見慣れぬ浴衣姿だ。ぱっと見ただけでは彼女の存在を見落としている可能性もある。マサキは僅かな可能性に賭けて、何度も辺りを見直した。だが、やはり彼女らしき姿は見当たらない。
もしや不測の事態が起こってしまったのではなかろうか?
肉体的に頑健な彼女ではあったが、女性であることに違いはない。ましてや今日は動きの取り難い浴衣姿であるのだ。万が一の事態が起こってないとどうして云えたものか。
嫌な想像ばかりが脳裏を過ぎる。そのマサキの動揺が伝わったようだ。シュウはふと表情を引き締めると、マサキの肩を叩いてきた。
「こういう時には下手に動き回らない方がいいのですよ。何処ではぐれたか覚えていますか」
「そこの櫓の下で踊ってたんだよ。そしたら姿がなくなってて――」
そこまでマサキが説明をした瞬間だった。マサキ。ミオの良く通る声が人垣の向こう側から響いてきた。
「ごめんね。トイレに行ってたのよ。もう凄い列で時間がかかっちゃって」
「良かったですよ。そういった理由で」
どうやらマサキを探すのに夢中で、隣に立つ男の存在にまで気が回っていなかったようだ。頭上から降ってきた声に、ミオの顔色が変わる。
「って、シュウ。何でこんなところに居るの?」
「その理由はマサキに聞くのですね」
同じ説明を何度も繰り返したくないのだろう。そう云って、神社を後にしようとするシュウに、ねえ! とミオが声をかける。ややあってシュウの足が止まる。彼の許に駆け寄ったミオがその袖を引っ張りながら、マサキを振り返った。
「折角だし、三人で屋台でも見て行かない?」
「はあ?」マサキが顔を顰めるのと同時に、シュウが眉を顰める。
「水入らずで過ごしているところを邪魔するつもりはないのですが」
「いいじゃないのよ、少しぐらい。ふたりきりじゃ寂しいって思ってたところなの」
「誘う相手は考えろよ、ミオ。こいつが祭りに浮かれる性質かよ」
地上に来てまで顔を突き合わせていたい相手でもなし、とマサキが婉曲に反意を唱えるも、それを素直に聞き入れるような少女でもない。なによ。ぷくりと頬を膨らませたミオが、シュウの袖をいっそう強く掴みながら言葉を継ぐ。
「あたし抜きの方がいいの?」
「そういう話じゃねえよ! いきなり何を云ってるんだお前は!」
「だったら決まり!」
にひひと笑ったミオが、シュウの袖を引いて手近な屋台に近付いて行く。仕方ねえなあ。マサキは下駄の音を高らかに鳴らしながら、ふたりに続いて屋台へと向かって行った。