「行くわよ、マサキ」
そろそろオープンの時間が迫ったようだ。デパートの入り口にスタッフが姿を現わしたのを目聡く見付けたミオが、腕を曲げてスターティングのポーズを取る。彼女の初売りに対する気合いは充分らしいが、無理矢理引っ張って来られたマサキとしては気乗りしないこと他ない。
「ちょっと! 聞いてる?」
「はいはい、貴家様。ちゃんと聞いてますよ、っと」
立ち上がったマサキはジーンズに付いた埃を払った。この為だけに並び続けること半日。これでも列の先頭ではないのだから恐れ入る。そろそろと動き始めた列に、最早、さっさと用事を済ませて帰りたいという気持ちしか残っていないマサキは爪先を立てて入り口辺りを窺った。
「ちゃんとあたしに付いて来てよね」
「わかってるって」
どうやら無事に開店したようだ。凄まじい勢いで開かれたドアの向こう側へと雪崩れ込んでゆく人々。ミオが求める福袋は、三階のティーンズ向けファッションブランドのショップにあるらしい。マサキは走り始めたミオに続いて、デパートの入り口に飛び込んだ。
運動能力だけであれば流石の魔装機神操者。人波の合間を縫ってあっさりとエスカレーターに乗り込んだミオに、マサキは続けてエスカレーターに乗り込みながら背後を振り返った。
一階の催事場では怒号が飛び交う福袋争奪戦が始まっている。
どうやら列の前に並んでいた人々の目的は、そこに用意されている福袋にあったようだ。三万、五万、十万と、マサキからすれば驚くような値段の福袋が呆気なく捌かれてゆく。人間の欲に限りはねーな。視線を戻しながら、マサキはそう呟かずにいられなかった。
「エスカレーターの左手側だからね」
「わかってるって」
二段抜かしでエスカレーターを進んでゆくミオに続いて二番手で三階に辿り着いたマサキは、そのまま彼女の背中を追って左側に伸びている通路を突き進んでゆく。背後から続々と響いてくる足音。きっと後ろに並んでいた少女たちのものだろう。マサキは振り返らずに先を行った。
そうして目的のショップに着く。
見ているだけで目が痛くなるガーリーなアイテムの数々。オトナ女子と云うらしい。清楚な中にもフェミニンさが窺えるマネキンコーデ。そういったファッションをミオが好んでいることに驚きながらも、ショップの店先に出されているワゴンからマサキはノータイムで福袋を掴み取った。
おひとり様一点限りの福袋の中身は当たりもあれば外れもあるらしい。つまりは運だ。どうか女子ウケする商品が入っているようにと願いながら会計を済ませたマサキは、目的のブツをふたつ手に入れたことで満足しきっているミオに引っ張られながら、今度は四階にあるメンズショップへと向かった。
「何だよ。お前の用はもう終わっただろ」
「マサキ、着たきり雀なんだもん。何か買いなよ。折角の機会だし。ティーンズと比べると、メンズはそこまで争奪戦にならないからゆっくり選べるよ」
「冗談だろ。お前が奢ってくれるってならまだしも、何で俺が欲しくもないものを自分の金で」
「ならシュウにでも買う?」
「何でそこであいつの名前が出てくるんだよ! お前、云っていい冗談と悪い冗談があるぞ!」
「あ、この福袋、カシミヤのマフラーが入ってるって!」
「聞けよ人の話!」
「二つ買ったらお揃いだね」
にひひ、と笑ながらミオが福袋を取り上げる。カシミヤのマフラーとウールのセーターとダウンジャケットがセットになった福袋の値段は二万五千円。安くねえだろ。マサキはそう云いながら頭を抱えた。
そうでなくともマサキより上背の高い男だ。普通サイズではジャケットの袖が足りなくてもおかしくはない。マサキは福袋についているタグに書かれているサイズ表記を見た。M、L、フリー。こういうのが問題なんだよ。愚痴たマサキに、買う気あるんだ。ミオが意外と目を丸くする。
「煩えなあ。そういうことを云うなら帰るぞ」
「買うなら買えばいいじゃない。あたし、見なかったコトにしてあげるから」
「買わねえよ」マサキは顔を顰めた。
中身の一例として表示されているポスターに載っているマフラーが、シュウに似合いそうだと思ってしまった。それはミオには内緒にしておこう。そう思いながら、マサキはひとり先にデパートから出るべく、エスカレーターへと向かって行った。