空があんまり青いから

 行くぞ。と、昼前に姿を現わしたマサキに引っ張られるようにして、シュウは家の近くに広がっている平原に出た。
 さやさやと吹き抜ける風が草の頭を揺らしている。日々変わらぬラングランの穏やかな陽気だったが、今日に限ってはマサキと過ごす時間を祝福してくれているようにも感じられる。
「ほらよ。座れよ」
 草が薄いところを選んでピクニックシートを敷いたマサキに促されるがまま。シュウはその隣に座った。
 そして、早速とシートの上に寝転んだマサキを見下ろしながら、「しかしどういう風の吹き回しですか。私を誘うなど」彼の気紛れに尋ねた。
 忘れた頃にいつも彼はシュウの許を訪れた。
 会わなければ恋しさが募る。募っては、それでも顔を見せない恋しい人に諦観する。そう、物理的な距離が心の距離を表すとは限らない。奇妙な縁に導かれて彼と親しく付き合うようになったシュウは、少しのことでは揺らぐことのなくなった彼との関係に焦る必要がないことをわかっているつもりだ。
「今日は気持ちのいい天気だろ」
 腕を伸ばしたマサキがその手を陽に透かす。それだけ? 驚いて言葉を吐いたシュウに、他に何があるんだよ。彼が声を上げて笑った。
「そうだ。食いもんもあるんだよ」
 流石はマサキ。ひとところにじっとしていない風の魔装機神の操者だけはある。がば、と身体を起こしたマサキに、シュウは何をするつもりなのかとその様子を見守った。
 脇に置かれた紙袋から取り出されたサンドイッチ。それをシュウに差し出してきたかと思えば、食えよ。とひと言。
 シュウは受け取ったサンドイッチに目を遣った。
 ハムとレタスにトマト、玉葱、胡瓜、そしてチーズとたっぷりの具材が挟まれている。これだけ具材が多いと形が崩れてしまいがちだが、シュウの手の中にあるサンドイッチにはそうした綻びは見られない。
「プレシアですか」
「まさか。俺だよ。どうしても出掛けたくなっちまったからさ」
 ふたり分のサンドイッチを用意してきたということは、マサキは初めからシュウを誘ってここに来るつもりであったようだ。けれどもその悦びを素直に表すのは、彼に負けたような気がして口惜しくもある。
 そうですか。シュウは努めて表情を崩さないように言葉を継いだ。
「確かに、今日は好天ですね。空が高い」
 雲ひとつない空は、反対側の地面も見えそうなまでに青い。
 シュウはサンドイッチを食んだ。
 大味な性格をしている割には、料理にはそれなりの拘りがあるようだ。歯応えを感じさせる厚み。どうかすると具材から染み出た水分でパンがふやけてしまったりもするが、マサキが作ったサンドイッチにはそれがなかった。それが彼の料理の腕の程を表しているのか、それとも作り立てと呼べる時間で済むようにここまでの道のりを急いできたからなのか――シュウにはわからなかったが、けれども今日の彼の機嫌からしてきっと後者であるのではないか。何となく、そんな予感がした。
「今日は日暮れまでここでのんびりしようぜ」
 口に含んだサンドイッチをゆっくりと咀嚼しているシュウの脇で、豪快にひと口を噛み切ったマサキがそんなことを云い出す。
「それでしたら本を持ってきたものを」
「馬鹿云うんじゃねえよ。折角の休日なんだ」
 視界の果て、空に向かってせり上がる大地を見詰めるマサキの横顔を風が撫でる。また少し成長したようだ。逞しさを増した彼の面差しに、シュウはマサキが自分と離れている間に見てきただろう世界に思いを馳せた。
 不意に、その身体が横倒しになる。
 遠慮もなければ断りもない。サンドイッチを片手に膝に頭を乗せてきたマサキに、行儀の悪い。云いながらもシュウは口元に笑みが広がるのを止められなかった。
「いいだろ、少しぐらい。甘えさせろよ」
 彼は彼なりに、シュウと会えない日々に思うことがあるのだ。
 でなければ、多忙な日々の合間にこうしてシュウを訪ねる真似もしまい。シュウはマサキが作ったサンドイッチを食べ進めながら、つれなさばかりが目立つ鈍感な少年と、今日をともに過ごせる悦びをどう言葉にするかを考え始めた。