続々・140字SSにチャレンジした記録 - 1/9

 蒼天が常のラ・ギアスの空が、珍しくも鈍色に染まったある朝のこと。セットした時計のアラームが鳴るより先に目を覚ましたマサキは、隣で眠りに就いているシュウを起こさぬようにベッドを抜け出した。
 カーテンの向こう、今日の天気を先ず確認する。生憎の曇り。微かに眉を顰めたものの、時刻は未だ夜明け前。これから天気が変わる可能性もある……。マサキは大雑把に服を着替えると、キッチンに向かった。
 冷蔵庫の中には昨日のマーケットの戦利品が入っている。ベーグル、レタス、トマト、アスパラ、生ハム、ベーコン、チーズ……どうかすると食べることにずぼらになる家主は、いつも冷蔵庫が役に立たない程度の食料しか買い置いていない。それでどうやってピクニックのランチを用意するつもりだったのか。捻れた頭脳を持つ男の考えることはマサキには理解が及ばなかったけれども、あの出不精な男が、マサキにせがまれてのことだとしても、ピクニックに付き合うと云ったのだ。
 だったらせめてランチの用意ぐらいは自分が担当すべきだろう。数種類のベーグルサンドにスープ。デザートにカットフルーツと、ささやかな今日のランチの支度を終えたマサキは、そうして今度はリビングに入った。
 テーブルの上には少しばかり型式の古いカメラが一台。景色を撮ると云ってゼオルートの館から持ち出したそれで、マサキは今日の思い出を記録に残しておくつもりでいた。それなのに。
 いつの間にか窓を雨が叩いている。
 しかもかなり強く。
 昨日の天気予報は晴れを告げていただけに、思いがけず深いため息が洩れる。偶にはイベントごともいいだろうと、せがみにせがみまくって了承を取り付けたピクニック。こんな機会は二度とないかも知れないというのに、この天気。
 神様は余程、シュウの味方をしたいとみえる。
 それでもマサキは天気の回復を信じて待った。目覚ましが鳴る時間が過ぎてもシュウが起きてくることはなかったけれども、雨が止まなければどうにもならないこと。リビングのソファと窓辺を行ったりきたりしながら、いつも通りの空が窓の向こうに広がるのをマサキは待ち続けた。
 そうして、流石に今日は諦めた方がいいかも知れないという時間になって、ようやく目を覚ましたようだ。ばたばたと、ベッドルームからシュウが飛び出してくる。そうしてマサキの顔を見るなり、先ずはひと言。すみませんでした。と詫びた。
「あなたがあれだけ愉しみにしていたというのに」
「気にするなよ。ほら」
 マサキは窓の外を指差した。相変わらずの雨。それを目にしたシュウの眉根が寄る。
「あなたと街に出る以外に何処かに行くことなど、滅多にないことなのですがね」
「だからじゃねえの。こんな天気になったのは」
「この埋め合わせは必ずしますよ、マサキ」
 いいよ、と、マサキはソファの隣に腰を下ろしたシュウの顔を見上げた。
 自然と笑みが零れ出る。あれだけ慌てたシュウの姿など、そうそう見られるものではない。それだけでも今日の約束をした甲斐はあった……マサキはゆっくりとシュウに手を伸ばした。冷えた頬はいつもより温かかった。
「それでは私の気が済まないのですよ、マサキ」
「だったら」マサキは即座に言葉を継いだ。
「今日はここでピクニック気分と行こうぜ、シュウ。ランチも用意したしさ」

ワンライお題
【幸せ】を主題に甘やかなお話を書きましょう。副題は『幽霊』、『カメラ』、『曇り』から好きなものを選んでください。会話の中で朝に弱い方に「ごめん」と言わせてみるのもいかがですか。