美しい男

 昨日の戦闘で機体に気掛かりな点を感じていたマサキは、ひと晩経っても収まらない嫌な予感に、整備状態を確認しようと格納庫を訪れた。居並ぶ機体の数々。そのひとつ、青いカラーリングも重厚ないかつさが勝る機体の前に、恐らくは夜をここで明かしたのだろう。シュウと整備士たちの姿がある。
 その中に馴染みの整備士たちの姿を見付けたマサキは、癪に障ると思いながらも、地底世界の技術の粋を集めて造られた機体は機密の塊だ。あまり多くの整備士たちにサイバスターの整備を任せる訳にもいかず、仕方なしにシュウとその一団の許へと近付いて行った。
「てめえと朝から顔を合わせなきゃならないなんて、なんで悲劇だよ」
 出し抜けのマサキの台詞は無礼にも限度があったものだったが、シュウはシュウでマサキのそうした態度や物言いに慣れを感じつつあるようだ。そこまで私と顔を合わせるのが嫌ですか。さらりとそう言葉を返してくると、手元のレポートに目を落とした。
「陰気臭い顔を拝まされるこっちの身にもなれよ。気が沈んで仕方がねえ」
「私の顔をそう表現するのはあなたぐらいですよ、マサキ。流石の表現力ですね」
 ふふ、と小さく声を上げて笑ったシュウが、どなたか、彼の機体の整備を――と、周りにいる整備士たちに声をかけた。
 何人かの手が上がる。
 挙手した彼らにマサキの機体の整備を手伝うように云い含めたシュウは、そこでマサキとの話に一区切りを付けるつもりでいるらしい。今回の調整ですがと、レポートから視線を外すことなく、自身を取り巻いている整備士たちに向けて言葉を紡ぎ始めた。
「ちょっと待てよ」
 マサキは馴染みの兵士たちを側においたまま、シュウに尋ね返した。
「さっきの言葉はどういう意味だよ」
「美的感覚が狂ってると云っているのです」
 流石は自信家な男だけはある。自信たっぷりに云ってのけたシュウは、どうやら自身の頭脳だけではなく、容姿にも自信を持っているようだ。
 しかし、現に成果を出している頭脳と異なり、容姿というものの評価は見る側の主観が大いに含まれるものでもある。万人が認める美というものを選出するのは難しい。芸術作品を見ればいい。それらに対する評価はいつだって賛否両論だ。
 だからこそ、マサキにはシュウの自信が理解出来なかった。
 はあ。と、気勢を削がれたマサキはまじまじとシュウの顔を見詰めた。気難しさが先に立つ表情。何でそんなにいつも難しい顔をしてるんだよ。いつだったか、マサキがあまりにも打ち解けないシュウの表情に尋ねてみたことがある。
 それに対して、あなたと違って考えることが山積みですからね。と、シュウはまるでマサキが何も考えずに生きているかのような答えを返してきたものだった。
「私の顔に、何か」
「俺の美的感覚の問題、ねえ」
 紫水晶の如き光を湛える双眸。切れ長の眦に、柳眉がかかる。すっと筋の通った鼻は高く上を向き、その下には形の良い桜色の口唇。白磁のような滑らかな肌とは対照的だ。
 成程、いざこうして改めて見てみれば、確かに整った顔立ちをしている。マサキは更にシュウの顔を窺った。もう少し表情に柔らかさがあれば、いっぱしの美丈夫で通るのは間違いなさそうだ。
「お前、もう少し笑えばいいんじゃねえの?」
「陰気臭い顔を拝むのに飽きましたか」
「そうじゃなくて、折角綺麗な顔をしてるのに勿体ないだろ。いっつも厳めしい顔付きをしててさ……」
 周りにいる整備士の何人かが深く頷いたようにみえた。
 どうやら考えることは誰も彼も同じらしい。ならば、シュウの面差しが、その自信に見合うほどの美を感じさせないのは、やはり彼自身が日常的にしている表情の所為であるのだろう。
「笑おうと思えば笑えますが――」
 マサキの言葉に、シュウは面倒臭さを滲ませながら言葉を返してきた。それでも、傾聴に値する意見だと思ったのだろうか。次の瞬間、シュウはふと表情を和らげてみせると、驚く程に穏やかな微笑みを浮かべてみせた。
「…………っ!」
 想像していたものよりも十倍は麗しい笑顔。そこいらの美人など霞んでしまうほどに印象的だ。ひとかどの芸術作品を思わせる美しさ。まるで絵画から飛び出してきたようなシュウの笑みを間近にして、マサキの鼓動が反射的に高鳴る。
 息を呑む気配。整備士たちもマサキ同様に、日頃気難しい顔ばかりをみせている男の穏やかな笑みに、天上の美を見出したのだろう。今にも溜息を吐きそうな勢いで見惚れている。
「わかりましたか、マサキ。こういうことが面倒なのですよ」
 その中にあって、シュウはひとり。わかりきった結末だとでも云いたげに、うんざりとした調子で言葉を吐くと、即座に表情を元に戻して、何事もなかったかのように。機体の調整を始めるべく、未だ魂が抜けたままの整備士たちに指示を飛ばし始めた。

140字SSお題ったー
kyoさんは【ああ、なんて悲劇だ】をお題にして、140字以内でSSを書いてください。