聖夜に限りない約束を - 1/3

 テロリストの移送に伴う護衛という簡単な任務ミッションの筈だった。
 地上の暦がクリスマス当日とあれば、さしたる手間のかかる任務でもなし。「どうせあんただけで用が足りるだろう」と、ベッキーとシモーヌはゲンナジーとヤンロンを付き合わせて、出動する気もさっぱりなしと朝から陽気にシャンパンを煽っていたし、テュッティを筆頭としたその他の魔装機操者らは、前日から飾りつけや料理の仕込みといった用意に余念がなかったものだから、「寄り道せずに帰って来て頂戴」と、こちらもまた出動する気がさっぱりなしと厨房に篭もりきりだった。
 そのまま仕方なしに追い立てられるようにゼオルートの館を出ることとなったマサキは、道中で軍の詰所で直接拝命したらしいガルガードを操縦するザッシュと合流し、無事指定地域に到着。護衛任務を開始したのだが、
「おかしいだろ! それで何で俺がひとりで行くこと決定なんだよ!」
風の魔装機神サイバスターで足りない相手だったら、他の魔装機が全部出動しても足りない相手になるからですよ」
 当然ながら機嫌がいい筈がない。
 館に残れば残ったであれしろこれしろと煩く追い立てられることになるのは、マサキとてわかっている。わかってはいても、あの賑やかな世界から、まるで邪魔者の如く自分ひとりだけが排除されたのだから、むべなるかな。
「そもそもあいつらは俺を便利に使える道具かなんかだと思っていやがるんだよ。やれ掃除を手伝だえだの、料理の味見をしろだの、電球を変えろだの、洗濯物を取り込めだの、買い物に行くから荷物を持てだの、客間のシーツを変えろだの、天井のすすを払えだの」
「それ、全部マサキさんが自発的にやれば済む話じゃないですか? いまどき料理も掃除も洗濯も買い物も、家事は全て女性任せなんてナンセンスですよ。仮にもマサキさんはあの館の主人なんですから、むしろ自分が率先してですね」
「お前は女物の下着をたたまされても同じことが言えるのかよ」
「いいんじゃないでしょうか。だってマサキさん、普段は自分の下着、どうしてるんです?」
「あー……まあ、うん、それは……」
「僕だって輪番のときには全員の軍服を洗うこともありますよ。その中には女性用の軍服が混じっていることもありますし、その中に自分の下着を紛れ込ませて出す女性もいますしねえ」
「それは注意してやれよ……」
 愚痴々々ぐちぐちと不平不満を並べ立てながらの行軍。変わったことは起きなかったし、起きそうな様子もなかった。
 末端のテロリストが持っている情報には限りがある。彼らは命じられた自分の行動の目的さえ知らされていないことも多かった。移送艦に乗せられているこの数十人にも及ぶテロリストたちも、そんな末端のテロリストたちらしい。そうである以上、彼らを取り戻そうなどと考える輩が出よう筈もなく。
 そう。変わったことなど起きようがなかったのだ。
 その行軍に変わったことが起きてしまったのは、護衛終了地域まで残り数十キロの地点でだった。精霊レーダーでは検出不能な、地底原理においても地上原理においても不条理な構成をしている機体グランゾン。それを操って、シュウが姿を現した。
「これはまた……おかしなところで会いますね。あなた方が末端のテロリスト風情の護衛とは」
 今日も今日とて面白みのない顔をしている――モニターに映った映像に目を落としたマサキは、鼻に付く勢いで涼やかな微笑みを浮かべているシュウを、画面越しに睨み付けた。
「まさかお前、こいつらに用があるとか言わねぇよな」
拠点アジトの場所さえ聞ければ、他には」
「巫山戯るな!」
「待ってください、マサキさん!」
 ザッシュが止めるのも聞かず、先ずは一撃と青銅の魔神グランゾンとの距離を詰めてその懐に白亜の機神サイバスターを潜り込ませると、マサキは太刀を振り上げた。「わかっていれば対処が容易いものなのですよ、あなたの攻撃は」
 モニターにノイズが走る。目の前に魔法陣が広がる。それが閃光を放つ。
 そこから、幾条にも禍々しい光に包まれた光弾が打ち出された。
「お前のやり口もわかってるんだよ!」
 宙を舞って、マサキは光弾を避けると、サイバスターを後退させた。二撃目――再び踏み込もうとコントロールパネルを叩く。その刹那に、
「興奮しやすいのはあなたの長所でもあり、短所でもある。それはわかっていますが、少し待っては頂けませんか? こちらはあなた方と敵対してまで情報を得ようとは思っていないのですから」
「……本気で言ってるのか」
「言っていますよ。私とて無益な戦闘は好まない。そのぐらいはそろそろ信用していただきたいものです。とはいえ、信用ならない動きをしている私も悪い。偶には平和的解決を目指すとしましょう」
「お前の平和的解決、ねえ」
 モニターの向こうで彼は何を思いついたのか、それは愉しげにくっく……と笑った。その表情を目の当たりにして、マサキは嫌気もありありと顔を盛大に歪める。その平和的解決方法が穏便に済んだことは一度もない筈なのだが、彼はそんなことは覚えていないようだ。
「今日は地上の暦ではクリスマス。どうですか? その空気を味わうのに地上で食事でも。奢りますよ」
 わぁ。とザッシュが声をあげる。よもや食事程度で喜ぶ年齢でもあるまいし、何を歓喜しているのかとマサキが思いきや、「いいなあ。僕もあのくらいスマートにリューネさんをデートに誘えるようになりたいですよ、マサキさん!」と、いうことらしい。
「誘えよ。食い物にだったら直ぐに釣られてくれるだろうよ、あいつは」
「いざ目の前にすると何も言葉が出てこなくて……」顔を真っ赤にして俯く。
「あーはいはい。お前のそれも大概だよな」
「やだなあ、男の純情を褒めないでくださいよ」ガルガードでサイバスターを小突きそうな勢いのザッシュは、緩みっぱなしになる頬をどうにか引き締めてマサキに訊いた。「で、どうするんです? 行くんですか、デート」
「デートじゃねぇよ! お前も着いて来いよ! 何で俺がこいつと二人きりで」
「だって今日はクリスマスパーティなんですよね。マサキさんがいない。それ即ち、リューネさんと二人きりになれるチャンスが僕に回って来るということ。僕がこんなチャンスをみすみす逃すとでも? それに僕までいなくなったら誰がこの艦の護衛をするんですか。と、いうことで僕は護衛任務を完遂させていただきますよ。あ、別に今日は帰って来なくていいですから」
 行くとも言っていないのにこの論理の飛躍。どうやらクリスマスに浮かれているのは館の連中だけではなかったようだ。しかも、ザッシュの中では『クリスマスの食事=一晩を過ごすデート』と変換されてしまっているらしい。
「待てよ、お前。少し落ち着けよ」
「デートかどうかはさておき、それを楽しむカップルが街に溢れているのは間違いないでしょうね」
 しかも彼まで追い打ちをかけるようにのこの発言なのだから、マサキの胸中いかばかり。
「さておきじゃなくはっきり否定しろこの嗜虐嗜好野郎サディスト! そんなんだから毎回、毎回、あたらいらぬ誤解をされるんだろ!」
「誤解だったんですか? 僕はまたてっきり、そういうことなのかと。だからマサキさんのことは諦めようと思っていたんですが……」
「お前も話を混ぜ返すな! っていうか何だその恐ろしい告白は!」