背中合わせのカストルとポルックス

 いつも背中合わせの関係だった。
 それが自分とシュウの関係だったのだと、マサキが気付くまではかなりの時間を要したっものだった。
 生まれも育ちも目指すもののも異なるふたり。地底世界生まれと地上世界生まれ。王室育ちと一般家庭育ち。邪道を往く者とと正道を往く者、一見、対照的に見えるふたりは、時に敵として、或いは時に味方として、同じ戦場に立ち、そして時には離れた道を歩んできた。けれども、最終的には同じ場所に辿り着く。約束などないままに、交差しては離れてゆく道。それは、自分たちが本質的な部分を同一とする存在だからなのだと、マサキは長い戦いの終着点でようやく悟ったのだ。
 利己的で自意識が高く、俗物根性スノビズムが強い性格であるシュウは、ある種、利他的であるマサキとは対立することも多かった。義妹のことも含めて、戦いの場に於いては自らが責任を負うべきと考えるマサキに対して、それぞれがそれぞれの責任を負うべきであり、だからこそ戦いに身を投じる者の属性に区別は存在しないのだと考えるシュウでは、確かに相容れないのも無理はない。けれども、時を経るに連れて、マサキはその考えを改めた。
 唯一無二の力を手に入れたことに酔っていた少年は、だからこそ、戦いにおける主導権を握るのは自分であると思い込んでいたのだ。それは無自覚の厚顔無恥の表れであったし、不遜な振る舞いを生じさせる原因でもあった。
 自身のことすら何も知らなかったマサキは、戦いを経るに連れて、少しずつ変革を迎えるようになった。仲間を信用するようになることも増え、無謀にもひとりで戦場に立つことが減った。強大な力を有するが故に頼られることも多かったが、それに対するプレッシャーを感じる度合いは、少しずつだが確実に減っていった。自分が戦列を離れても仲間がいる。それはただの信頼ではなかった。マサキは仲間を共に並び立つ存在として認めるようになったのだ。
 彼もまた似たような道を辿ったのだろう。利己的であるが故に自身の欲が最優先される男は、無償の奉仕を厭わない仲間を得たことで変化の時を迎えたようだ。他者を寄せ付けない冷酷さはなりを潜め、お節介にもマサキの他人との関わり方や生来の在り方について、控えめながらも巌の意思で口を挟むようになった。自意識の高さからくる自信家な面は変わらなかったものの、世界のバグとも呼ぶべき無類の力を得てしまっているのである。それでも仲間からの救いの手を無下に払い除けない辺りは、彼もまた仲間を慮るようになったのだと、マサキに思わせるに足る変化だった。
 つまるところ、マサキもシュウも一匹狼たらんとする自身の生き方を、周囲の環境によって見直しさせられたのだ。
 シュウに反発することで己を支えてきた面のあるマサキに対して、シュウはどうであったのだろう。彼はもしかすると、マサキが意識している程にマサキを意識していなかったかも知れない。何を云っても柳に風と全てを受け流してしまう男は、それでも時々、マサキに張り合うような態度を見せたりもしたものだったけれども――。

※ ※ ※

「トモダチヅキアイ」
 今しがたシュウの口から発されたばかりの言葉を、マサキはぎこちなく反芻した。
 街の喫茶店でのことだ。
 どういった気紛れかはわからないし、わかりたくもなかったが、朝食後のトレーニングを終えてシャワーを浴び終えて、さて今日は何をして過ごそうかと、マサキがようやく手に入れた平穏な生活を噛み締めているところに、正面切って訪ねてきたシュウは、そのまま街へとマサキを誘い出すと先ずは喫茶店へと向かった。
 そもそも有事の際でもなければ姿を見せない男。すわ一大事かと身構えたマサキに対して、道中の彼は何とはない会話を繰り広げるばかり。それが喫茶店に腰を落ち着けても変わることがなかったものだから、マサキとしては来訪の意図を尋ねたくなったものだ。
 ところがそれに対する返答が余りにも珍妙怪奇であったのだ。友達付き合いですよ、マサキ。いつもと変わらない鼻持ちならない微笑を浮かべてそう口にした男に、マサキは虚を突かれること暫し。かくてマサキはまるで前時代のロボットのような機械的な口調で、その言葉を反芻するに至ったのである。
「それでは不満ですか、マサキ」
「いや、まあ、何ていうか……予想外の答えだったな、って……」
「何を期待していたのです、あなたは」
「厄介事以外に何があるかよ」
 溜息混じりに吐き出したシュウに対してそう返したマサキは、目の前に置かれているオレンジミルクに口を付けた。どう間を持たせていいのかわからない。最早、乱心と呼んでも差し支えないシュウの思惑に、マイルドな酸味の効いたジュースを口に含みながら、マサキは次の言葉をどう発するべきであるのか思案した。
「私とて、日々厄介事と向き合ってばかりでもないのですがね」
「厄介事を運び込んでる自覚はあるのな、お前」
「運び込んでいるつもりはありませんよ。ただ、これまでは私が抱えている問題が、思いがけず、あなた方にまで影響を及ぼしてしまっていただけで」
「それを運び込んでいるって云うんじゃないかね。むしろ確信犯じゃねえって云うなら、その方が性質が悪い」
「迷惑をかけるつもりはありませんでしたよ。そもそもあなた方でしたら、あのぐらいの事態、厄介事の内にも入らないことでしょう。それこそが魔装機神の操者の実力、比類なき力だと私は思っているのですよ」
 しらと云ってのけたシュウは、メニューブックを開きながら、何か食べませんかとマサキに尋ねてくる。朝食を終えたばかりだぜとマサキが返せば、デザートは? と、真面目な顔でメニューブックを差し出してきた。
「友達付き合いってこういうもんなのかねえ」
「さあ、良くはわかりませんが、一緒に行動をして、だらだらと非生産的な話をするものではあるのでは?」
「お前の友達付き合いの定義って、随分と偏ってる気がするな」
 シンプルな見目のオーソドックスなケーキが並ぶデザートメニュー。ひと通り眺めたマサキは、あまり食指が動かなかったものの、結局、クリームチーズケーキを頼むことに決めた。凡そ、ドリンク以外の飲食物を口に運んでいるところが想像出来ない男は、ある意味、意外性の一番少ないモカケーキを頼むつもりらしい。
「あなただったら、プリン・ア・ラ・モードもあるかと思っていたのですがね」
「お前、俺を幾つだと思ってやがる。もうガキじゃねえし、そもそもラングランでは15歳が成人だ」
「そうではあるのですが、あなた方兄妹は些か見目が幼いものですから」
「これでも色々と成長したつもりではあるんだがな」
 メニューブックを掲げてウエイトレスを呼んだシュウが、ふたり分のデザートを注文するのを横目に、マサキは突然の彼の気紛れな来訪の意味を考えていた。どういった感情の発露かはさておき、自分と友達付き合いをしたいという意図は把握したものの、では他人を敬遠するような生き方をしている彼をして、そういった行動に駆り立てたものは何であるのか……わかる気がしねえ。マサキは大袈裟な溜息とともにそう吐き出していた。
「何です。その嫌気しか感じられないような溜息は」
「そういうつもりじゃねえよ。ただ、お前の口から今更俺と友達付き合いって、一体どういう了見からくる行動なのかって」
「どうもこうも言葉通りですがね、マサキ。思えば長い付き合いの割には、あなたと私はお互いを知った気になっているだけで、深くは話をしてくることもなかった。まあ、話をしたからといって、必ずしもお互いに対する理解が深まるとは限りませんが、勝手な思い込みは解消されることでしょう」
「別に思い込んでるつもりはねえけどな」
「そうでしょうかね。では、尋ねますが、あなたは私に対して憐憫の情がないと云えますか」
「何だよ、いきなり……」
 そうでなくとも鋭い切れ長のまなじりが、いっそう険しく刻まれた気がした。その穏やかとは云い難い表情にマサキは途惑った。いつでも余裕に満ちた態度を崩さない男は、己のことであろうとも他人事のように受け止めて振舞う。まるで世の中の全ての事象が、自らが手にしている箱庭の中の出来事であるとも云いたげに。
「私に対して同情の念を感じているからこそ、あなたはこうして私に付き合ってくださっているのではないかと云っているのですよ」
「同情なんて誰がするかよ。冗談じゃねえ。他人に勝手に可哀相にされるくらいなら、死んだ方がマシだ。それは俺に限った話じゃねえだろ。違うかよ」
 挑発的な表情。思いがけずにムキになって言葉を吐いたマサキに、シュウは意外性を感じたようだ。微かに見開かれた瞳が、まじまじとマサキを見詰めている。何だよ。そのまま沈黙を続けるシュウにマサキが云えば、タイミング良くというべきか、それとも悪くというべきか。注文オーダーしたケーキがテーブルに届けられた。
「それも勝手な思い込みというものではあると思うのですがね」
 静かに微笑んだシュウは、マサキの答えに気分を害したようではなさそうだ。とはいえ、何を意図しての発言だったのかさっぱりな答え。それに対して、お前はいつもそうやって回りくどい物言いを、とマサキが不満を露わにすれば、食べませんかとシュウは露骨に話を逸らしてきた。
 クッキー生地の台座の上に、乳白色に固められたクリームチーズが乗っているケーキは、実に良くある見た目のクリームチーズケーキだった。それを、添えられた生クリームに漬け込みながら口に運ぶ。
 甘さの控えめなケーキはマサキの想像を大幅に裏切る味だったものの、その素材の味を生かした素朴な味わいは、決して嫌気が差すようなものではなく。美味いなと思わずマサキが口にすれば、そうでしょうとシュウは頷きながら、自身もまた目の前のケーキに口を付けた。
「私はあなたにとって、決して付き合い易い人間ではないことぐらい自覚しているのですよ」
 そうしてひと口ケーキを口にした男は、フォークを置くと、ケーキに視線を落としたまま、誰にともない様子でそう呟いた。
 いつもと何ら変わりのない表情。それでありながら、酷く物憂げに映る。マサキは言葉に詰まった。シュウが何を自分に伝えたいのかが読み取れない。それでも、私は――形の良い薄い口唇が奏でた言葉に、けれども続きはなかった。

※ ※ ※

 喫茶店で一時間程、シュウの云う所の「生産性のない会話」重ねた後、行きたい所を尋ねられたマサキは、悩みながらもそろそろ袖の汚れが目立ってきたジャケットの代わりを探すのに、シュウを付き合わせることにした。
 彼が目的とする友達付き合いがどういった深度のものであるのか、マサキには量りかねたものだったが、友人との他の付き合い方を知っている訳でもない。彼がもう少し活動的な性格であるのなら、運動に付き合わせることも出来るかと思ったものの、男ふたりで出来るスポーツには限りがある上に、流石にシュウも準備のない状態でマサキとスポーツに興じるのは遠慮したい様子だった。だったら街の散策かと、自身の買い物にシュウを付き合わせたマサキは、ようやく昼下がりを迎えた街中で、次の予定をそう提案してみれば、特には希望がないのだろう。それでも構いませんよとの返事。
「お前、自分がやりたいこともないのに、俺を誘い出したのかよ」
「やりたいことはあるにはありますが、どこに行って何をするといったものではないですね」
「やっぱりお前の友達付き合いの定義は、偏ってる気がするな。何をしたいんだよ、一体」
「あなたに伝えたいことがあったのですよ、マサキ」
「厄介事は絶対に御免だからな」
 そうシュウに云い含めて、ならその伝えたいことを聞いてやるよと、マサキは隣に立つ男を見上げた。
 憎々しいぐらいに涼やかな表情。きっと、この身長差にも問題があるのだ。いつでもシュウに見下ろされてばかりのマサキは、だからこそ、彼の物言いに他人を上から見下ろしているような不遜さを感じてしまうのだ。
 けれども、それに反発心を抱いていたのは今も昔の話。
 彼が変わったように、マサキも変わったのだ。鏡合わせの偶像ではなく、背中合わせの他人だとシュウを理解し始めた頃から、マサキはシュウに対して反発心を持たなくなった。彼は自分と同じ志を持つ人間であるのだ。ただ、その表し方が異なるだけの。
 風が吹いた。さわさわと。
 なびく髪の下で細められた瞳が、まるで眩いものを見るようにマサキを捉えている。
「あなたには感謝していますよ。色々と。だから有難うと伝えたかったのです」
 それは決して一方的にマサキだけがシュウを意識してはいなかったのだと、理解させるに充分な言葉だった。
「これで全てが伝わるとは思っていませんが。有難う、マサキ。私が今ここにこうしていられるのは、あなたのお陰ですよ」
 ただの感謝の言葉ではないような響き。静かながらもその言葉の持つ意味を噛み締めるような。
 それをマサキは、これからのシュウとの付き合いで知ってゆくことになるのだろう。そう予見させるに相応しい幕開け。ふたりの付き合いは、こうして形を少しずつ変えてゆくのだ――そう、それはシュウの全ての気持ちがこもった、『ありがとう』だった。

あなたに書いて欲しい物語
シュウマサさんには「僕らはいつも背中合わせの関係だった」で始まり、「全てを込めて「ありがとう」」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば2ツイート(280字)以内でお願いします。