膝の上の小さな奇跡 - 1/2

膝の上の小さな奇跡

 決して油断をしていた訳ではなかったものの、出会い頭の攻撃。弾道が残像を刻みながら、光速で軌道を描いて迫りくるのを、マサキはただ見ていることしか出来なかった。
 禍々しい光を放つ光弾。それは、てめえ……! と、マサキが相手に向かって声を上げるより先に、サイバスターの胸部に着弾した。衝撃に軋む身体にバッククラッシュが生じる。マサキは歯を食いしばって、全身に走る一瞬の痛みに耐えた。
 コンパウンドアイの向こう側で炸裂した光で役立たずとなったモニターは、何ひとつ状況を伝えてきてはくれない。マサキ! 危機を察した二匹の使い魔が声を上げるも、闇雲に攻撃を放ったところで無駄にサイバスターを消耗させるだけだ。マサキは警告音を発する計器類から、可能な限りの情報を読み取ろうとした。
「精霊レーダーに反応! 二時の方向!」
「接敵予想時刻まであと一秒!」
「仕方ねえ、行くぞ!」
 モニターの機能が回復するのにはまだ時間がかかりそうだったが、幸いコントロール機能を奪われた訳ではないようだ。マサキは即座にコントロールを始めた。そして気配を近くするグランゾンに向けて、勘で攻撃を放った。
 レーダーを頼りに攻撃を打ち込み、同じくレーダーを頼りに攻撃をかわす。まるで今立ったばかりの赤子を動かしているような操作感。ぎこちなさばかりを伝えてくるサイバスターに、マサキは焦れた。
 それでも次第に回復を進めるモニターに、そうした不満も解消されつつあった。
 再びサイバスターに撃ち込まれる光弾を、着弾の直前で避ける。視界さえ回復しきればこちらのものだ。マサキは自らの手足となって動くまでに回復したサイバスターを操って、いざグランゾンへと反撃を開始しようとした。
 その矢先に。
「もう結構ですよ、マサキ。データは取れました」
 ようやく開かれた通信回線から響いてくる声。それを契機に一切の攻撃を止めたグランゾンに、またかよ。マサキは呆れながらも、ダメージを負ったサイバスターと自身の回復が先と、自らもまた反撃するのを止めた。
「少しは手加減しやがれ。何だあの攻撃は。グランゾンの武装に炸裂弾そんなもんなんてなかっただろ」
「新型武器をテストしようと思ったのですよ」
 打ち身に擦り傷。身体の各所に負った傷の深さを確認したマサキは、救急キットを用意しながら、通信モニターの向こう側に姿を現したシュウの顔を見遣った。
 端正な面差し。口元にうっすらと笑みを浮かべている彼は、問答無用で攻撃を仕掛けてきておきながら悪びれることもない上に、謝罪の言葉ひとつすら口にしてこないのだから性質が悪い。
「人をグラフドローンみたいに扱うんじゃねえ」
「滅多に使えない標的という意味では、グラフドローンよりは高品質でしょう」
「云ってろ。それで結果はどうだったんだよ。まさか人にこれだけの傷を負わせておいて、実装を見送る、なんてことはねえよな」
 薬を塗り、湿布を張り、ガーゼや包帯を当てる。そのマサキの様子を通信モニター越しに眺めているシュウは、日頃の訓練が足りませんね。冷ややかに断じてみせると、目の前に浮かんでいる拡散ホログラフィックディスプレイに指を走らせた。
 層になっているディスプレイを次々と表示しては、データを確認しているようだ。その表情の乏しさからして、どうやら今回のテストは芳しい結果を残すものではなかったのだろう。残念ですが――と、言葉を継いだ。
「光の拡散範囲が狭すぎますね。相手の視覚情報を奪う為に精密射撃の腕を必要するとなると、乱戦での効果は殆ど期待出来ない。お遊び程度に積んでおいてもいいですが、そうした無駄を重ねるぐらいなら、時間をかけて改修アップデートをした方がいいでしょう」
「てめえの相手は割に合わねえ。この間もそうだったよな。訳のわからない武器を開発して、それをサイバスターでテストしておきながら、結局実装はしないって」
「それに見合うだけの礼はしますよ、マサキ」
 シュウの思いがけない台詞にマサキは目をみはった。どんな気紛れが彼をしてこんな殊勝な台詞を吐かせたものか! けれどもそれも少しのこと。どうせ無粋な男のすることだ。マサキの期待に応えられるだけの礼には程遠いに違いない。
「へえ、礼かよ。何をしてくれるって云うんだ。まさか食事を奢って終わり、なんて云わねえよな」
 それを挑発するように言葉を紡げば、あなたは何をして欲しいですか? シュウはそうマサキに尋ね返してきた。
「欲しい物があるというのであれば買って差し上げましょう。して欲しいことがあるというのであればして差し上げましょう。あなたの望みを何でもひとつだけ、叶えて差し上げますよ。何がいいです、マサキ?」
 そうは云われても、いざ問われると言葉に詰まる。
 マサキはシュウに対して、何も期待をしていないのだ。サイバスターのメンテナンスや改造であれば、ウエンディやセニアがいる。剣技の腕を磨く為の稽古の相手であればファングがいる。戦場で命を預ける相手であれば、魔装機操者の面々がいる。不足を感じていない生活。そうした理由があってのこともあるが、自分でもよくぞここまで寛大にこの男との付き合いを許容していられると思うぐらいに、マサキは厄介事を持ち込んでばかりの男に対して寛容でいる。
 とはいえ、だからといって、これだけの無礼を働かれたのだ。何もさせずに済ませる訳にもいかない。マサキは様々に自分の欲を掘り返した。そうしてふと、その欲求に行き当たった。
「……褒めろよ」
 躊躇いがちにその欲を口にしてみれば、シュウにとっても意外な要求だったようだ。彼は即座には反応出来ないといった様子で、マサキの顔を真正面に見据えてきた。
 暫く、ふたりの間に沈黙が降る。通信モニターの向こう側にあるシュウの表情から、彼がどう言葉を発すればいいのか悩ましく感じている様子が伝わってくる。気まずい。マサキはそう感じたものの、今更口に出してしまった言葉を引っ込める訳にもいかない。
「あなたにしてはらしくないことを云いますね」
「煩えよ。自分で自分を褒めるのにはもう飽きたんだよ」
 これだけの理不尽な扱いを受け続けながら、それでもマサキはシュウとの縁を断とうとは思えなかった。お人好し――そう、マサキは胡乱と評してもいいぐらいのお人好しであるのだ。そのぐらいの自覚はマサキにもある。
 決してシュウはマサキのそうした態度に付け込んでくることはなかったものの、だからといって付け上がっていない訳でもない。だからこそ、自分は何をしているんだ。マサキは時に自らのシュウに対する振舞い方に疑問を抱いてしまうことがある。
 そうした報われない自分の行いを、マサキは誰かに褒めて欲しかった。
 成程。何を納得したのかは不明だが、シュウはマサキの言葉に心を動かされた様子だった。口元に手を当てて暫く。何事か考え込む素振りを見せると、なら、こちらに来なさい。云うなり通信回線を閉じてしまう。
 仕方なしにマサキは操縦席から腰を上げた。行くの? と、不安げにマサキを見上げてくる二匹の使い魔たちに、まあ大丈夫だろ。一抹の不安を覚えながらも、マサキはサイバスターを降りて、シュウが待つグランゾンのコントロールルームに潜り込んだ。
「別に褒めるだけなら、言葉ひとつで済む話だろ」
「しなれないことをするところを、あなたの使い魔にまで見られたくなかったのですよ」
 面白くなく感じているようにも映る無表情。それでも云ったことは守るつもりでいるようだ。ほら、とシュウがマサキに手を差し伸べてくる。
 ただ褒めるだけで済む話だというのに、一体何をするつもりなのか。何だよ、と躊躇うマサキの手をシュウが掴む。おい、シュウ。ぴくりとも動かない腕に、マサキは仕方なく身体の力を抜いた。
 それが契機だった。シュウはそのまま力を込めてマサキの腕を引き寄せると、強引にも自らの膝の上にその身体を乗せて、無表情のまま。まじまじとマサキの顔を凝視みつめてくる。
「お前、本当に褒める気あるんだろうな」
「ありますよ。ほら」
 刹那、ふわりとその腕がマサキを抱いた。次いで髪にかかる手。シュウは静かにマサキの頭を撫でながら、
 ――よく、頑張りましたね。
 頭上から降ってくる声は、柔らかく、そして心地良く、幾重にもマサキの耳を満たして限りなく。ああ、幸せだ。胸に込み上げてくるものを悟られぬように、マサキはシュウの腕の中。ひっそりと安堵の息を吐いた。

140字SSお題ったー2
kyoさんは【手加減してよ】をお題にして、140字以内でSSを書いてください。