自由なる翼

 高く伸びた芝が、穏やかに風に吹かれながら頭を揺らしている。頭上には中天に座す太陽。シュウが立つ平原を遍く照らす光は、温かく眩い。
 雲間に覗くせり上がる大地が、青々とした天空に向かって影を薄くしている。岩肌の荒い山々に、広大な森林。いつもと変わらぬラングランの雄大な自然は、けれども遠くに白き風の魔装機神サイバスターの姿を抱え込んでいた。
 軍との合同演習だろう。
 規律正しい陣形。魔装機神に比べれば格の落ちる機体の群れが、扇状にサイバスターを囲んでいる。
 白煙が上がる。
 遠距離攻撃を続けながら、じりじりと距離を詰める軍の魔装機。けれどもサイバスターはその場に佇むばかりで、反撃する様子を見せない。流石は絶対的強者としてラングランに君臨するだけはある。十六体の正魔装機の頂点に立つ風の魔装機神の静謐なる立ち姿に、シュウは感嘆の息を吐いた。
 初めてあの高貴なる姿を目にした日から、シュウは幾つもの夜を超えた。
 様々なしがらみに縛られていた当時のシュウ――否、クリストフ=グラン=マクソードは、それらの頸木から解き放たれたくて仕方がなかった。煩わしい人間関係。緋のカーテンの向こう側に広がる王室という世界は、とても狭くて、とても因習的だ。
 限られた人間が、それぞれの思惑を胸の奥に仕舞い込んで動き回っている世界。特に地上人との合いの子ミックスであるシュウにとっては、様々な権謀術数を仕掛けられる場でもあった。
 藻掻き足掻く方法も知らぬまま、敷かれたレールの上を歩く日々。そういった意味では、シュウにとっての邪神教団はひとつの救いでもあった。
 自らの心の赴くがままに生きる。
 簡単なようで難しいライフスタイルの確立を、教団は強力に後押しした。地上に出たシュウが自由に振舞えたのは、彼らがクリストフ=グラン=マクソードという人間の利用価値を高く見積もっていたからに他ならない。シュウはその恩恵を享受した。その代償がかくも自分という存在に食い込んでくるとも知らずに。
 シュウ=シラカワという人間の本質にまで手を広げてくるサーヴァ=ヴォルクルスの意識。その湿った感触を思い出したシュウは身震いした。
 眩い陽光に包まれたラングランは平穏そのものである。
 それだのに背筋が凍る。
 常にヴォルクルスに押し込められるようになったシュウの自我は、出口を求めて自らの体内を彷徨っていた。永久とこしえに続く闇の中で、呪詛と化したヴォルクルスの声を聞かされ続ける……もうあの監獄にシュウが戻ることはない。わかっていても恐ろしい。シュウはようやく太刀を構えたサイバスターに目を遣った。白亜の鳳は、あの日から変わらぬ姿でシュウの前に在り続けている。
 自らを雁字搦めに縛る鎖から逃れたかったシュウは、自らが開発したグランゾンをパートナーとした。その選択に後悔はなかったが、それでも、自らの手足と呼べるまでに馴染んだ愛機よりも、心を捉えて離さない機体がある。
 それはラ・ギアス世界の秩序の象徴。
 そして、シュウにとっての自由の象徴。
 太刀を構えたサイバスターが疾風の如き目まぐるしさで、陣形を崩すことのない軍機の間を駆け抜けてゆく。それは、剣技を修めていなければ目が追い付かないほどの早業だ。一瞬遅れで弾け飛ぶ火花。回路の一部がショートしたのだろう。呆気なく行動不能に陥った軍機の群れに、シュウの肩にとまっているチカが退屈そうに言葉を放った。
「ご主人様ァ、そろそろ行きませんか?」
 最後まで見ずとも予想が付く結末が、その通りに実演されたことに不満を覚えたのだろう。もっと楽しいことしましょうよぅ。催促しているつもりなのか。続けて、耳元でがなり立ててくるチカに、そうですね――と、シュウはサイバスターに背を向けて歩き出した。