英雄なんかじゃない

 我が世の春と咲き乱れる花々は、まさに百花繚乱と評するに相応しい様相だった。
 気紛れな散策の果てに辿り着いた土地。視界が開けた先に姿を現わした巨大な花畑に、シュウはほうと嘆息せずにいられなかった。緋に藍、橙、桃……色鮮やかに大地を覆う草花の群れ。その中央には雄々しく屹立する白亜の機神の姿があった。
 ――絵になるほどに美しい。
 天上そらから降り注ぐ陽の光に照らし出された魔装機神サイバスターの姿は、ひれ伏したくなるほどに神々しかった。まるで天界にいるようだ。シュウがそう思ったのも束の間。その操者たるマサキは何を考えているのか。ふわりとサイバスターの翼を開くと、標的を持たぬ様子で四方八方にと砲撃を散らし始めた。
 掠め往くエネルギー弾に噴き上がる熱波。その衝撃にグランゾンの機体が震える。
 シュウは急ぎグランゾンの砲門を開き、コントロールパネルを叩いた。このままでは辺りの花が全て焼け尽くしてしまう。目指すは対消滅だ。間違っても押し勝つことのないようにと出力を細かく調整し、エネルギー砲弾を射出する。それは波を描いて空を駆け、サイバスターから射出された砲撃の幾つかを消滅させた。
 けれども花畑へのダメージは避けられなかった。方々に吹き上がる火の粉。放たれたエネルギーの軌跡そのままに焦げ跡を残している花畑に、無残な。そう低く声を発したシュウは、マサキの様子を確認すべく通信回線を開いた。
「何をしているのです、あなたは」
「……何だっていいだろ」
 機嫌は良くないようだが、正気を失っている訳ではないようだ。
 生気に満ちた瞳に、血の通った肌。白目が糸引く三白眼がシュウを睨み付けている。恐らく彼は自身の気分に任せるがまま、花畑を蹂躙したのだ。そう見当を付けたシュウは、それきり黙りこんだマサキを諭すように語りかけた。
「八つ当たりの相手に物云えぬ花々を選ぶのは感心しないですね」
「お前に何がわかる!」
 当て推量で言葉を吐けば図星だったらしい。弾かれたように操縦席から身体を浮かせたマサキが、モニターに迫ってくる。そして、どいつもこいつも――と、口にしたところで、振り上げた拳の遣り場に困ったようだ。だらりと両手を下げると、彼は力のない足取りで操縦席へと戻って行った。
「何かあったのですか」
「何もねえよ」
「何もないのにこういった蛮行に及んだと?」
「悪いかよ。俺だって人間だ」
「そこまでは云っていないのですがね」
 シュウはつい口を衝いて出そうになる溜息を、口の中に押し留めた。理由はさておき、マサキの精神状態は自然を破壊せずにいられないほどに荒ぶってしまっている。それを先ずは治めてやらなければ……。
「八つ当たりをしたいのなら、私を使いなさい。程良い稽古相手が欲しかったところです。グランゾンの調整も必要ですしね。相手にとって不足はなし。どうです、マサキ。動かぬ標的を相手にするよりは気が晴れると思いますよ」
「……いいよ、別に。もういいんだ」
 頭を垂れて俯くマサキの表情を窺い知ることは出来なかったけれども、その声の調子からして、彼が何かを諦めた様子であるのは明白だった。
 シュウとしてはそれこそを知りたくもあったが、警戒心の強いマサキのことだ。深い付き合いでもないシュウが探りを入れたところで、きっとはぐらかされるだけだろう。万事休す。シュウはマサキを眺めたまま次の言葉を吐けずにいた。
「俺はお前らが思ってるほど綺麗な人間じゃない」
 ややあってマサキがぽつりと呟く。そうして、シュウに言葉を挟む隙も与えずに、シロ、クロ、行くぞ! 声を上げると、猛然と。荒々しくサイバスターを操って、花畑の奥へと駆け去って行った。

60分で綴る物語
あなたは花を撃つマサキの物語を60分で書いてください。