荷物

 いつの間にか、彼の私物が増えていた。
 クローゼットのチェストを二段も占領するようになった衣類は勿論のこと、洗面所に置かれた硬さの異なる歯ブラシ。色も形も異なるソファのクッションは抱き心地がいいというだけで持ち込まれたものだったし、油断すればそこかしこで眠り始める自分の目を覚ます為だろう。キッチンの戸棚には何種類ものインスタントコーヒーが仕舞われている。
 彼と顔を合わせない日々が長くなると、忌まわしく感じられもするそれらの品。存在を強烈に主張してくる割には、持ち主は忙しさにかまけて滅多にここを訪れない。それは他人の為すことに寛容なシュウであっても、無断で処分したくなったものだ。
 三週間ぶりに姿を現わしたマサキの手には紙袋が下げられていた。
 土産かと思えばそうではないらしい。
 なんでもラングランの辺境で治安維持の任務に就いていたらしい。追いはぎ被害の訴えが後を絶たなかったとのことだが、魔装機神の派遣に怖れを為したのか。マサキが到着すると同時に、ぴたりとそうした訴えが止んでしまったのだという。
 念の為に待機を続けること三週間。予想を裏切る平穏ぶりに暇を持て余した彼は、少し離れた街でジグソーパズルを購入したのだそうだ。その数、まさかの五千ピース。細かい作業を苦手とする割にはいい度胸だ。
「一緒にやろうと思ってさ」
 紙袋から額とパズルの箱を取り出した彼に、嫌な予感が過ぎる。
 そもそも知恵の輪でさえもまともに解けたためしがないのだ。十分も格闘しては根を上げてシュウに始末を頼んでくる有様。それを「自分で解いた方が楽しいですよ」と、やんわりいなせば、間を置かずに力任せで外してみせる。
 そのマサキが――どうして五千ピースものパズルを完成させられたものか。
 シュウはマサキが床の上に置いた額を見た。四方の角が少しずつ埋められたパズルはどう安く見積もっても一割も完成していない。彼は三週間もの間、何をしていたのだろう――シュウは額を押さえながら、マサキの隣に腰を下ろした。
「マサキ」
「何だよ?」
「半分ずつにしましょう。ノルマは半分」
「嫌だ」
「私を当てにするのは止めなさいと云っているのですよ」
「これを俺が完成させられると思ってるのか、お前は」
 彼が何を云っているのかシュウには理解が出来ない。
 完成させられないと思うようなものを、何故購入したのか――数百ピースならまだしも、五千ピースである。普通の人間であれば、自信なしにここまでのジグソーパズルに手を付けようとは思わないだろうに。
 そもそも、知恵の輪にしてもそうだ。毎度々々形の異なる知恵の輪を購入してきては、シュウに解いてくれと頼んでくる。
 いつだったか、地上に出た際に買ったらしい寄木細工の秘密箱にしてもそうだ。物珍しそうに弄り回していたのは最初の五分だけ。呆気なく兜を脱いだマサキの代わりに、シュウは同じ時間をかけてその箱を開いてやった。
 だというのに。
 自力で解けないものを持っていても意味がない。と宣っては、彼はシュウにそれらの品を押し付けてくるのだ。
 シュウはサイドボードの上に置かれた寄木細工の秘密箱を見た。この箱が部屋のインテリアになってから一年。マサキが触るのは掃除の時だけだ。
「まさかとは思いますが、このパズルも私に押し付けようなどとは思っていませんよね」
 そうっとシュウから視線を逸らしてみせたマサキに、シュウは深々と溜息を吐いた。
 捨てに捨てられぬ彼の私物。その大半はこうして生み出されるのだ。知恵の輪、秘密箱、ジグソーパズル……確かにマサキが持っていたとしても活用しきれない品々ではある。だからといって、こうして不要品を押し付けられてばかりでは、さしものシュウも彼の人間性に思うところが出る。
「少しは持ち帰っていただきたいものです」
「何を、だよ」
「あなたの私物ですよ、マサキ」
「こういうの、好きじゃないのか」
「思ったよりはあっさりと解けてしまうので」シュウは山と開けられたジグソーパズルのピースを、ひとつ取り上げた。「論理パズルや魔法陣を作っている方が、まだ暇潰しにはなりますね」
 そっか。と呟いたマサキが、ピースの山を見詰めながら何事か考え込む。お前、こういうの好きそうだと思ったからさ。ややあってそう口にしたマサキに、シュウは彼の思惑を覚った。
 彼は彼なりにシュウの嗜好にあった品を届けているつもりだったのだ。
「それならそうと素直に云いなさい。私はてっきり、あなたが自分の好みで買っているのかと」
 シュウはピースを額の中央に置いた。四隅しか埋まっていないジグソーパズルではあったが、その僅かな図柄から推測するに描かれているイラストは王都であるようだ。
 ならば、埋めるのは容易い。
 けれどもシュウのその行動はマサキには予測が付かないものであったようだ。何が見えてるんだ、お前。目を丸く瞠ったマサキに、今日中に完成させますよ。シュウはそう云って、山から掴み取ったパズルをマサキに手渡した。