蜘蛛の糸

 ――遠い遠い天上から、銀色の蜘蛛くもの糸が、まるで人目にかかるのを恐れるように、一すじ細く光りながら、するすると自分の上へ垂れて参るのではございませんか。(芥川龍之介『蜘蛛の糸』)

 ※ ※ ※

「探してるんだよ、ずっと。もうずっと」
 差し出されたマサキの手が、シュウの右胸に触れた。
 きっと深い意味はなく、ただ手を伸ばした先がその場所だっただけなのだ――そう思いながらも、シュウはその下に眠っている傷痕が疼くのを止められなかった。
 まるで精一杯の勇気を振り絞ったかのように、伸ばした腕を小刻みに震わせているマサキ。シュウの右胸に手を置いたまま、顔を伏せて息を詰めている。
 視線の届かない先にある表情が、果たして自分の想像通りのものであるのか。シュウは猛烈にそれが見たくなった。激しい衝動がシュウの冷えた心に襲い掛かる。けれども、絞り出すようにして言葉を吐いたマサキに無理を強いるのは、さしものシュウであっても躊躇われた。
 自尊心が高いのはシュウに限らないのだ。
 無遠慮に生きているように見えて、意外にも繊細なマサキ。繊細さと自尊心の高さは隣り合わせだ。自らの弱さを認めない為にも、自分に対する自信は強く持たなければならない。だからこそ、こんな風に怯える姿など、彼は決して見せたくなかっただろうに。
「何を探しているかはわかりかねますが、あなたが探しているものの答えは私にはありませんよ、マサキ」
「こうして口にしても、お前は俺が見たいものを見せてくれないんだな」
 細く頼りない蜘蛛の糸を手繰り寄せるような距離感で、ずうっと付き合い続けてきた。彼が諦めれば全て終わる。シュウの叡智をもってしても、そのぐらいに頼りない関係しか築けなかったマサキとの仲。けれどもそれは、もしかするとシュウの勘違いであったのかも知れない。
 マサキは伏せた顔を上げる気配がない。
 追って追われて、追われて追って……敵でしかなかった彼との関係は、やがてその形を変え、貸し借りを押し付け合うものとなり、更には並び立つまでに至るようになった。
 その危うさをシュウは自覚していなかった。
 距離を詰めるのはいつだってシュウだ。向こう見ずで、けれども脆い――対立する要素を一つの身体に抱え込んでいる彼に手を差し伸べずにいられない。
 マサキ=アンドー。ラングラン帝国の戦神として周辺諸国に名を轟かせる少年は、不屈の闘志で世界平和という絵物語を現実のものとすべく日々を駆け抜けている。けれどももしかすると、彼であればその理想郷を作り上げることが出来てしまうのではないか? 限界を定めない彼の能力は、シュウにそう思わせるだけの可能性に満ちていた。
 それはシュウには果たせない夢だ。
 悪しき怨念に心を支配され、道を違えてしまった過去。サーヴァ=ヴォルクルスの意識に押し込められ、深層世界で掻くことしか出来なかったシュウは、己の窮状を覆す為には何も出来なかったのだ。永劫の苦しみに心を焼かれるしかなかったシュウに死という救済を与えてくれたのは、他でもないマサキだった。
 彼は絶望に決して屈しない、逞しき精神の持ち主であるのだ。
 恐らく彼は望む望まないに係わらず、世界に必要とされる存在となることだろう。シュウにとってそれは必然の理だった。技術に行き詰まりを迎えたこのラ・ギアス世界が生み出した魔装機という力。その最高峰に位置する魔装機神の操者であるマサキは、自らに用意されたその道を真っ直ぐに進んでゆくに違いない。
 だからシュウにとって、マサキ=アンドーという少年は果てしなく遠い存在になったのだ。
「あなたの言葉は抽象的ですよ、マサキ。らしくない。いつものように明瞭りと口にしては如何です」
 その筈だった――シュウは右胸に置かれたままのマサキの手を掴んだ。
 わかっているのだ、シュウには。マサキが探しているものの答えが。
 右胸に潜む傷痕。
 その由来。
 けれどもそれを容易くは、シュウは口には出来なかった。その答えを形にしてしまうことで変わってしまうものがある。いつ切れてもおかしくない蜘蛛の糸に繋がれ続けたシュウは、その糸の正体に気付いていたからこそ。
「それとも、あなたの探し物はその程度のものなのですか」
 マサキは承知しているのだ。シュウが何を自分に求めているのかを。
 言葉を口の中に留めるようにして押し黙っているマサキに、シュウの衝動は限りない。ふたりの関係を変えることが出来ないのであれば、せめてその表情を見たい――。
 マサキの手から手を離したシュウは、そのまま伏せられたままの顔へとその手を伸ばしていった。瞬間、ぴくり、とマサキの肩が震えたような気がする。嗚呼、恐れているのは自分だけではないのだ。けれどもそれがわかったからといって、シュウの手が止まる筈もない。
「あなたの顔を見ずにいられない私を、どうか許さないでください」
 そうしてシュウは、マサキの頬に置いた手で、ゆっくりと彼の顔を持ち上げた。

あなたに書いて欲しい物語
@kyoさんには「探し物はここにあるのに」で始まり、「どうか許さないでください」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字)以内でお願いします。