「はあ? 俺の制服姿が見たいだと?」
その日、日頃は自身家だが、比較的人格者な男の家を訪れたマサキは、暫くしておもむろに彼から打診された『お願い』に盛大に驚かずにいられなかった。
この男は、何故かマサキのこととなると頭のネジが飛ぶ。
気に入ったカットの写真を焼き増しして、どのページを捲っても同じ写真しかないアルバムを作り上げてみせたり、似合うのひと言で口にするのも憚られるような格好をさせてみたり。やりたい放題な彼の素っ頓狂な発想に、マサキはいつも開いた口が塞がらない。
「大体、制服なんてとうに処分しちまったぞ」
そう云ってみれば、どうやら既に衣装を用意していたようだ。五パターン用意しました。と、真顔で云ってのける。
馬鹿じゃねえの。マサキはシュウの胸元を思い切り小突かずにいられなかった。
「五パターンって何だよ、五パターンって。そんなにねえだろ、制服のパターン。詰襟かブレザーぐらいだぞ」
「詰襟のボタンタイプとファスナータイプで二パターン。ブレザーとスラックスの組み合わせが、紺とグレー、茶色とカーキ、深緑と薄緑で三パターンです。あなたが着ていた制服に一番近いものを着てください」
「馬鹿だろ、お前」
「何とでも仰ってくださって結構」
こんな酷い開き直りなど見たことがないというぐらいの笑顔。細めた瞳で悠然とマサキを見下ろしているシュウに、お前のお願いにしちゃマシな方だけどよ――と、マサキは頭を掻いた。
「とにかく見せてみろよ。変な制服じゃねえだろうな」
「安心してください。きちんと洋品店で買いましたから」
「その程度のことで地上に出るなとあれほど――」
シュウの後を付いて歩いて寝室に入ったマサキは、壁に掛けられている制服の群れに頭を抱えた。コスプレ用に売られている生地のペラい制服とは明らかに質が違う。決して安くない制服を五着も揃えた男の執念に眩暈がする。お前さ――マサキは背後でマサキの様子を見守っているシュウを振り返った。
「その情熱を他に向けろよ」
「研究は順調ですよ」
云われるまでもないと言葉を返してくるシュウは、確かに精力的に日々を送っている。趣味の研究、剣術の稽古、魔法の開発……マサキと比べれば圧倒的に生産的な人生。お前に云った俺が馬鹿だった。マサキは制服の群れに視線を戻した。
「まあ、いつもの衣装に比べれば全然余裕だし、このぐらいなら着てやってもいいけどな」
「話が早くて助かりますよ、マサキ」
「変なことはしねえだろうな?」
念の為にと確認してみれば、シュウとしては制服姿のマサキが見られればいいようだ。ええ、誓って。と、彼にしては殊勝な台詞が返ってくる。
「本当かよ」
「私の名に懸けて嘘は云いませんよ」
なら――と、マサキは目の前に並ぶ制服の群れから、ひとつを取り上げた。
「でもお前、何でいきなりこんなもん見たいと思ったんだ」
着替えながらその場に留まったままのシュウに尋ねる。
「私の知らない時間のあなたを見たかったのですよ」
「それでこんなに制服を揃えたのかよ。だったら先に俺に聞けばいいだろ」
「素直に教えてくれるとは思っていませんからね」
着替えを終えたマサキは、シュウの目の前に立った。どうだよ? と尋ねながら、襟元を弄る。
久しぶりの制服はやけに首回りがきつく感じられる。
「良くお似合いですよ」
マサキの肩に手を回してきたシュウが、寝室を出るように促してくる。どうやら着替えて終わりという話ではなさそうだ。何をするんだよ。マサキはシュウに尋ねた。変なことをしないと誓ってはいるものの、それはあくまで彼の価値判断基準における話。マサキからすれば充分遠慮したい事態になり得る可能性はあった。
「デートですよ、マサキ」
「はあ?」
「あなたの青春はラ・ギアスでの戦いに費やされてしまったでしょう」
「だから制服デートだって?」
「嫌ですか」
「流石にこの格好は恥ずい」
「他人はあなたが思うほど、あなたのことを気にはしていませんよ。そもそもその格好が学生がするものだなどと、ラ・ギアス人にわかったものか」
云うなりマサキの手を引いて玄関へと進み始めるシュウにマサキは逡巡したものの、これまでの彼の奇行と比べれば圧倒的に理解が及ぶ行動原理である。わかったよ。マサキはシュウに肩を並べた。
「但し、お前の奢りだからな」
「それは勿論」
開かれたドアの向こう側から、眩いばかりの太陽の光が差し込んでくる。まさかこんな格好で地底世界を闊歩する日が来ようとは。決していい思い出ばかりとはいかなかった学生時代を脳裏に僅かに蘇らせたマサキは、隣に立つシュウの顔を見上げながら、彼がそうした事情を慮った上でマサキとの制服デートに踏み切ったのかも知れないと思った。