「なーんか最近、あたしにこういうの回ってくるんだよねー」
朝からマサキの許を訪ねてきたミオが、写真の入ったクリアファイルを探りながら言葉を発している。
それを壁向こうに聞きながら、マサキは歯磨きをしていた。身支度を整える前の来訪。着替えは済ませていたものの、まだ頭には寝癖が残っている状態だ。
歯ブラシを口に咥えたまま、寝癖を整える。がさつと評されているマサキであっても自尊心はある。そうである以上、例え相手がミオであろうが、だらしない姿を見せるのは躊躇われた。
「書類に使う写真、適当に入ってるから持ってけって、雑なんだから。もう……」
マサキの返事がないことで状況を察したのだろう。ぼやくミオの声に、いちいち整理してらっれかよ。マサキは口をすすぎながら胸の内で呟いた。
登録証の更新の時期になったのだそうだ。
世界各国を舞台とするマサキたち魔装機操者であっても、どこかに居住地は定めなければならない。正魔装機がラングランのバックアップを受けて稼働している以上、それが王都付近になるのは順当な成り行きだった。とはいえ、人の出入りの活発な王都は陰謀の舞台となり易い。それを避ける為に導入されたのが市民証制度。顔写真付きの登録証を発行することで、定住者と非定住者の区別を付け易くし、不審者の炙り出しを容易にする試みだ。
登録証の更新には本人確認が義務付けられているが、マサキたち魔装機操者の登録書の更新は纏めて行われた。それもそうだ。任務で王都を空けていることも多い魔装機操者である。個々人に任せていては、いつ全員の更新が終わるかわかったものではない。
書類の作成はセニアがしてくれるとはいえ、写真はそうもいかない。その調整役を任されたのだろう。写真を求めてやってきたミオに、だからマサキはここ最近で撮った写真を纏めて収めているクリアファイルを渡したのだが。
「うわっ、何コレッ!?」
マサキがリビングに戻ると同時に上がる声。手にしたシートに目を落としているミオの顔が引き攣っているのを見て取ったマサキは、おかしな写真はなかった筈だが――と、思いながら彼女の手元を覗き込んだ。
そして絶句した。
凶悪な面相に、明後日の方向を向いている目線。
マサキがシュウと撮るに至ったプリクラは、これ以上とない絶望感に彩られていた。
※ ※ ※
ことの起こりは情報局の女傑、セニア=グラニア=ビルセイアだった。
彼女はマサキの身体を空けておくのを勿体ないことと考えているらしい。休暇の度に事務処理に関わる雑務を頼んできては、少しぐらいならと手を貸したマサキにあれもこれもと押し付けてくる。
この日もそうだった。
休暇に入って二日。長期の不在で荒れた家の片付けも終わり、ようやくゆっくり出来ると思った矢先にマサキを呼び出した彼女は、当たり前のように倉庫の書類整理を命じてきた。
これにマサキは反発した。
治安維持の任務を命じられたのであれば、どういった過酷な内容であろうとマサキは従う覚悟があった。それこそが魔装機操者の本領だ。だが、実際はどうだ。雑務の合間に任務をこなす日々。しかも他の操者たちは安穏と休暇を過ごしているときたものだ。
これで腹を立てない方がおかしい。
だからマサキは主張した。偶の休暇ぐらい普通に休ませろと。
――わかったわ、マサキ。あなたの主張にも一理ある。
一理しかないだろう。そうは思ったが、我儘で横暴な王女が珍しくも自分の意見を傾けようとしているのだ。水を差すような発言をした結果、機嫌を損ねてしまったでは話ならない。だからマサキは黙ってセニアの発言の続きを待った。
――なら、こうしましょう。これからあたしが与えるミッションをあなたが達成出来たら、もうあなたに雑務は頼まないわ。
典雅な笑みを浮かべたセニアが、直後、マサキにその内容を耳打ちしてくる。シュウとプリクラを撮ってきて頂戴。何だと――と、マサキは声を上げた。あの慇懃無礼が服を着て歩いている男とプリクラ。それは彼女がマサキに出来る筈がないと踏んでいるからこそのミッションに他ならなかった。
――ああ、わかったよ! それで本当に雑務から解放してくれるんだな!
自分が軽んじられているという屈辱。それがマサキの闘志を掻き立てた。だったらやってやる。情報局を飛び出したマサキは、所在不明な男を探し出すべくサイバスターに乗り込んだ。
※ ※ ※
「……どういうこと? これ、プリクラだよね」
あまりの出来栄えの酷さに、記憶から消去してしまっていたようだ。突如として湧いて出た忌まわしき記録。茶化すことも出来ずに途惑うミオを目の前に、マサキは何からどう説明すべきか迷った。
迷って、諦めた。
ミオが登録書の写真集めに奔走させられているのも、そのプリクラの効力なのである。
ようやく出会えたシュウを街に引っ張り込んで撮った一枚。さしもの鉄仮面も、プリクラをマサキと一緒に撮らねばならないという事態には盛大に思うところがあったようで、かつて敵方だった時代であろうとも、ここまでの凶面を晒したことはないというくらいに邪悪な面相でカメラに収まっている。勿論、マサキが莫大な謝礼をシュウに支払ったのは云うまでもない。
だが、これだけ絶望的な絵面であっても、セニアは満足したようだ。後にも先にもここまでの笑い声は聞いたことがないという勢いで爆笑した彼女は、マサキに雑務を頼むのをぴたりと止めてみせた。
「それはちょっと事故で」
だからマサキは言葉を濁した。
自分が雑務から解放された皺寄せが、他の魔装機操者たちにいっているのは自覚している。申し訳なく思う気持ちはあれど、あの地獄のような日々にはもう戻りたくない。そうである以上、セニアとの取り引きについては口にしない方がいいに決まっている。
「どんな大事故が起きたらこんなプリクラが出来るの。二人揃ってヴォルクルスに取り憑かれたみたいな顔して……」
きっと、ミオの反応が正しいのだ。
見返すのも恐ろしい仕上がりのプリクラを見て、あれだけ笑える人間はセニアをおいて他にいない。とにかくシュウが怖ろしいのだ。セニアに難癖をつけられた時のために取ってあるとはいえ、片割れであるマサキでさえも見返したくない禍々しさが漂っている。
もういいだろ。ミオの手からプリクラを取り上げたマサキは、なるべく視界に入らないように運びながら、大事な証拠品であるその一枚を金庫の中に仕舞い込んだ。

リクエスト
「プリクラを撮るシュウマサ」でお願いできますか?