負けたらこうだ

 まさか一対一のババ抜きで負けるとは。
 目の前ではミオが力強いガッツポーズを決めている。マサキは最後まで手元に残っていたジョーカーを手放す気力も湧かず、ただただ力なく項垂れた。周囲にはロンドベルの乗組員たち。固唾を飲んで勝負の行方を見守っていた彼らは、「流石、貴家様!」だのと調子良くミオを褒め称えている。
 たかがババ抜きでここまで盛り上がっているのには理由があった。
 勝った方が負けた方に罰ゲームを命じる。ありきたりな提案に、暇を持て余していたマサキは乗った。まだ操者歴の短いミオが相手だ。これまで幾つもの修羅場を潜り抜けてきた自分が負ける筈がない――そう思ったからだった。
「だってぇ、マサキ。滅茶苦茶目に出てるんだもん」
 食堂の配膳カウンターに向かったミオが、ストローが二本ささったプラカップを手に戻ってくるとマサキの前に立つ。
 中には薄紅色の甘い匂いを放つ飲料がなみなみと注がれている。ミオに尋ねてみればストロベリーシェイクなのだそうだ。どうやら調理班に無理を云って作ってもらったらしい。
 罰ゲームにしては穏便な飲み物ではあったが、マサキは嫌な予感が止まらなかった。何といってもストローが二本である。ふたりで飲めと云われているのだと思えば、甘ったるいストロベリーシェイクが選ばれたのも納得がいく。
「お前と一緒に飲めとか云わねえよな」
「まさか! それじゃ罰ゲームにならないでしょ!」
 にひひ☆ と笑った彼女の笑顔は、元が幼顔なだけに不気味に映る。
 どう考えても碌なことを考えていない顔。乗組員たちが興味津々な視線を手元に注いでくる中、マサキは続くミオの言葉を待った。では、罰ゲームの内容を発表しまーす! 満面の笑みでギャラリーを煽ったミオがマサキを指差して曰く――。
「シュウと一緒に飲むのよっ」
「は? 巫山戯ろ! 何で俺があいつとこれを」
「負けたら何でも云うことを聞いてやる。そう豪語したのはどなたでしたっけ?」
 マサキは目の前のミオから手元のシェイクに視線を移した。確かにあの博覧強記な男は、暇さえあれば小難しい本を読んで頭を使っているからか、時々上着のポケットからチョコレートの欠片取り出して口に含んでいるのを見掛けたが、だからといって甘党だという話など耳に挟んだこともなく。
「いや、飲まねえだろうよ……」
「いいから行きなさーい! それを含めての罰ゲームなんだから! ちゃんと一緒に飲んでねっ☆」
 無茶振りにも限度があると思いながらも、これだけのギャラリーが証人で見届け人だ。今更引けもしない。マサキは仕方なしに自身の機体の整備をしているシュウに会うべく格納庫に向かった。
「ほらぁ、マサキ。丁度いい具合にシュウがいるじゃないの!」
 ギャラリーともどもこっそりと格納庫の入り口から中を窺えば、シュウはまさにグランゾンの整備の真っ最中なようだ。
 ミオに背中を押されたマサキは、よろめきながら格納庫の中に足を踏み入れた。手にしたシェイクはもう温くなり始めている。これをあいつと飲むだと――まさに罰ゲームだと思いながら、マサキはグランゾンの足元で整備の陣頭指揮を執っているシュウの許に向かった。
 途中で何度か足が止まるも、背後から感じるプレッシャー。振り返れば、入り口に固まっている人だかり。逃げ出したい。そう思うも、入り口を塞がれている格納庫だ。ここから逃げ込める場所はもうない。くっそ。マサキは舌を鳴らしてシュウの隣に立った。
「珍しいこともあるものですね。あなたが私の傍に自ら寄ってくるなど」
「罰ゲームだ。付き合え」
 マサキは手にしていたストロベリーシェイク入りのプラカップをシュウの目の前に突き出した。もう半分溶けかかってしまっているストロベリーシェイク。怪訝な表情を浮かべたシュウに、ババ抜きで負けたんだよ。云って、マサキは片方のストローに口を付けた。
「早く飲めよ。溶けるぞ」
「甘いものは苦手なのですがね」
「良く云うぜ。チョコレートを栄養剤代わりにしている奴がよ」
 肩を竦めたシュウが、もう片方のストローに口を付けてくる。マサキもまた無言でもう片方のストローに口を付けた。おお。と入口の方からどよめきが起こったが、心を無にして遣り過ごす。
「これでいいですか、マサキ」
 ストローから口を離したシュウは、そこで何かに気付いたようだ。頬に付いてますよ。そう云うと、ストローの口が掠ったのだろう。マサキの頬で微かに線を描いているストロベリーシェイクを指で掬うと、間髪入れずに舐めてみせたのだった。