各地で小競り合いを繰り返しながら進軍を続けるマサキたちアンティラス隊に合流を果たしたシュウは、敵方の行軍ルートの割り出しを済ませると、その所見を窺うべく、彼が身体を休めている艦内の部屋を訪れることにした。
「痛えんだよ、お前! もう少し優しくやれよ!」
「あっらあ、お言葉! これでも充分優しいわよ、この軟弱男!」
部屋の前に立てば響いてくる声。どうやらミオと何かをしているようだ。
歳の近い割には仲睦まじくとはいかない二人組は、寄ると触るとこの騒ぎだ。かといって仲が悪いのとはまた異なる。マサキをおちょくる態度にフォーカスが当たりがちなミオではあったが、彼女は彼女なりに同郷の徒であるマサキを慕ってはいるようだ。
「嘘吐け! お前、さっきから滅茶苦茶笑ってるじゃねえか!」
「そっりゃあマサキがこんだけ痛がってる姿、滅多に見られないしー」
「てっめえ、巫山戯んなよ……もういい、自分でやる! お前に頼んだのが間違いだった!」
「出来る筈ないでしょ、このスカポンタン! ほら、諦めて大人しくしなさいよ! マサキ、さっきからいちゃもん付けてはちっともじっとしてないじゃないの! だから嵌まるものも嵌まらなくなってるのよ!」
それにしても騒々しい。シュウは取り込み中の様相を呈している彼らの言葉に逡巡した。
――果たして今、彼の部屋に足を踏み入れていいものか……
そうは思いもしたが、シュウの抱えている用事は後回しにしていい類のものではない。ルート選択によってはいらぬ被害を出してしまう可能性もある。マサキには時間をかけて慎重に情報を吟味して欲しいところだ。
躊躇っている場合ではないのだろう。マサキ。シュウは部屋のドアをノックしながら彼の名を口にした。
しかし言葉を途切れさせることなく騒ぎ続けているマサキには、その声は届いていないようだ。この様子では許可を待っていては、いつまで経っても本題に入れないに違いない。シュウは仕方なしにドアに手をかけた。
「もう、動くの止めてって云ってるでしょ!」
「わ、馬鹿。お前どこを押さえて」
ドアを開いた瞬間にシュウの目に飛び込んできたのは、ベッドの上で上半身裸になっているマサキを、馬乗りになって押さえ込んでいるミオの姿だった。
「これは大変な失礼を」
マサキとミオのふたりが、間違ってもそういった関係でないことをシュウは理解している。とはいえ、この光景を間近にして、他にどういった言葉が吐けたものか。ドアを開けてしまった己の愚かさに後悔を感じながら、時期を改めるべくシュウは一歩下がる。
「ち、ちちち違うのよ、シュウ!」
「てめえ、何を勝手な誤解をしてやがってんだ!」
それが余計な誤解を招いていると気付いているのか。揃って同時に声を張り上げてきたマサキとミオに、わかっていますよ。シュウはせめてものユーモアをと微笑みかけてみた。しかし、馬鹿々々しさが先に立っているからか。思ったように笑えない。
その顔に貼り付いたような笑みは、却ってふたりの不安を煽ってしまったようだ。
「ちょっと、シュウ! 余計な誤解をしたまま去ろうとしないで!」
「早合点してるんじゃねえよ! とにかく先ずそこのドアを閉めろ!」
喧しいにも限度があるふたりの声に、私の用など直ぐに終わるのですがね――と、長引きそうな話にうんざりしながらも、仕方なしにシュウはドアを閉じた。そして未だベッドの上。誤解を受けそうな体勢のままでいるふたりに向き直る。
「で、何が誤解なのです」
「肩が外れたんだよ。それをミオに嵌めてもらえねえかって頼んでてよ……」
「マサキが他の仲間には内緒にしとけって云うから」
自分でも驚くほどに深い溜息が、シュウの口を吐いて出た。
「そういったことはもっと早く打ち明けるのですね」
シュウはベッドへと近付いた。見た感じでは、どうやら左の肩が外れているようだ。
いずれにせよ、このままミオに任せておくのも危険に過ぎる。ミオにマサキの上から退くように告げたシュウは、次いでマサキの身体を起こすとベッドの端に座らせた。
「ヤンロンに頼めばよかったでしょうに」
「戦闘中のダメージでこうなったのならまだしも、そこでこいつと派手にぶつかっちまったんだよ。それだとヤンロンのことだ。普段の注意が足らないからだとかって云ってくるのが目に見えてるだろ」
「流石に彼も、不測の事態で起こった怪我に対してまで、口煩く云ってくることはないとは思いますが」
日常生活さえも戦いの為の準備期間と割り切れるヤンロンが相手とあっては、警戒を強めたくなるのも仕方のないこととはいえ、その結果がこの騒動では危なっかしいこと他ない。シュウはマサキの左肩に手を置いた。
「肩の力を出来るだけ抜きなさい」
「一瞬で済ませろよ」
「私を誰だと思っているのです」
左上腕を押さえ込む。
そして呼吸を楽にするように告げると、両手に力を込めた。まるでパズルのピースが嵌まるかのように、するりと嵌まりこんだ肩に、マサキは拍子抜けしたような表情になると、そのまま左腕を何度か回してみせる。
「さっきまでの苦労は何だったんだよ……」
「こういったものは力の加減と加える方向なのですよ。わかりましたか、ミオ。今後はああいった荒っぽい方法は控えなさい。余計な怪我人を出さない為にもね」
はーい。反省しているのかいないのか。どこか面白くなさげな表情で返事をしてみせたミオは、ところでとシュウの顔を覗き込んできた。
「シュウは一体、何の用だったの? もしや、あたしの方こそお邪魔虫だったり」
「敵の行軍ルートの割り出しが済んだので、その結果を報告するついでに、マサキに明日の進軍ルートをどうするか尋ねたかったのですよ」
シュウの言葉に表情もあからさまに。なーんだ、と期待外れな結果に声を上げたミオは、「だったらヤンロンやテュッティもいた方がいいでしょ。呼んでくるわよ」と、ドアの向こう側へとその姿を消していく。
閉ざされたドア。直後、あのよ。と、マサキが小さく声を上げながら、シュウの上着の袖を掴んでくる。ええ。頷きながらも、シュウはドアから視線を外さずにいた。
いつミオがヤンロンとテュッティを連れて戻って来ないとも限らない。それに、マサキが何を云いたいのかシュウには察しが付いてはいたが、それを正面切って彼の顔を眺めながら聞きたいとは思えなかった。
「悪かったな……誤解を受けるような真似、しちまって」
「彼女の扱いには気を付けるのですね。あれでも年頃の女性なのですから」
マサキは自分を振り返らないシュウに思い含むところがあるようで、シュウの言葉にごめんと呟いてくる。気にしてはいませんよ。シュウは云いながら、そうっと袖を掴んでいるマサキの手に自らの手を重ねていった。
140字SS向けのお題(日常系・恋愛系)
あなたはシュウマサで、【貼り付けの笑み】をお題に140字SSを書いてください。小説等でもどうぞ。