赤い鳥逃げた

「……やっぱり」
 膝を越える高さの草むらをかき分けると地に横たわる野ウサギの姿があった。その腹部から一筋の血が流れ落ちているのを見てとって、マサキは言葉を詰まらせた。
 まだ息があるらしい。手足を小刻みに震わせる野ウサギは、視界の片隅で捕えた闖入者に視線を向ける。
 だが、それまでだ。
 最後の力を使い果たしたのだろう。ゆっくりと閉じられる野ウサギの目。ひくつかせていた鼻もその動きを止める。そうして小さな身体を二度、三度と痙攣させると、それきりぴくりとも動かなくなった。
 マサキは暫く瞑目し、ややあって手にした猟銃の台尻で地面を掘り返し始めた。
「何をするのですか」
 そこにはマサキと共にこの場所に赴いたシュウの姿。手には猟銃、腰には麻の袋を下げ、何を感じさせるでもない無表情でマサキと野ウサギを見下ろしている。
「何って……埋めるんだろ」
「無意味な事を」
「俺の所為で死んだんだ。そのぐらいは当然だろうよ」
「そうではないでしょう」
 マサキの隣りに腰を降ろしたシュウは迷いもなく野ウサギの耳を掴み、口を開いた麻の袋にその死体を詰めようとする。
「おい――」咄嗟にその手首を掴んで、マサキが咎めるも、
「あなたにとってはたかが練習でしょうが、私にとっては食料調達の為の狩りです」
「だからって」
「肉のないスープを飲みたいのならばそれでも構いませんが」
 猟をする為の銃の扱い方を教えて欲しいと頼んだのはマサキだった。 何をするでもなく小屋の中。飽きもせずに本を読み耽るシュウに、そろそろ退屈を覚え出した頃。暇潰しになりそうな物を求めて周りを見渡すと、壁に掛けられた二丁の猟銃が目に入った。
 何でもよかったのだ。
 会話のとっかかりになりそうなものだったら何でも。
 ――お前のか?
 ――いいえ。この小屋の持ち主のものですよ。
 それ以上広がりそうにない話に落胆したのが顔にでも出たのだろうか。シュウはおもむろに立ち上がると猟銃に手をかけ、あまり使う事はないのですが―― と、前置きして、「それでもよければ使い方をお教えしますが」
「冬も近いしな。狩りが出来ればそれに越したことはない」
「それならば、あなたに使い方を教えるついでに、私は今宵の食料を調達することにしましょうか」
 そうして小屋から少し離れたこの場所で、弾の込め方から安全装置の外し方に銃の構え方と一通りの扱い方を教わった。
 ――腕をしっかり固定して……そう、それであの木を撃ってごらんなさい。
 初めて扱う銃に慣れぬマサキの手元は反動で狂い、弾は的にしていた木から大幅に反れた方向に飛んだ。そこに吹き込んだ一陣の風。生き物らしき影はそのまま姿を消し、直後にどさりと何かが地面に落ちた音が響く。
もしや――、とマサキは慌ててその場に駆け寄り――、
 そして今に至る。
「肉がなきゃ困るってもんでもないだろ。俺はそれで構わない」
「言うと思いましたよ」
 溜息と共にマサキの手を払い除けたシュウが立ち上がる。手にした猟銃を空に向け、構えた姿に迷いはない。
「何をするんだよ」
「あなたが構わなくとも私は構います。無粋な来客とは云え、味気ない食事を振舞うのは耐え難い」
 銃口の先には一羽の鳩。狙われているのに全く気付いていない様子で気ままな低空飛行を続けている。
「……わかったよ。だから、撃つな」
 狙いを定めた指に力が籠るのを見てとって、マサキが仕方なしに吐き出せば、猟銃を降ろしたシュウは笑うでも怒るでもなく、
「無駄な殺生をせずに済んで幸いです」
 ただただ平坦にそう告げると、その白い指先を野ウサギに――伸ばす。