酔いました。と、シュウが言葉を発するなり、マサキの肩にのしかかってくる。かと思うと、そのまま流れるように身体をソファへと沈ませていった。嘘だろ。マサキは彼がテーブルの上に置いたグラスを見た。まだ一杯目。しかも中身のワインは半分ほどしか減っていない。
「おい、冗談も休み休み云えよ。いつもボトル一本は平気な顔して空けるくせして」
「二日ほど寝ていないものですから」
動くのも大儀そうな様子でマサキの膝の上に頭を乗せたシュウが、見るからに眠たげな瞳を向けてくる。
「また、研究か」
「そうですよ。研究です」
だったら酒を飲もうなどと誘ってこなければいいものを――と、彼の晩酌に付き合っている立場のマサキとしては思わずにいられなかったが、それを愚痴々々とシュウに零してみせたところで、どうせ軽く聞き流されるだけだ。
はあ。マサキは深く溜息を吐かずにいられなかった。
「丁度、終わったところにあなたが来たのですよ」
「寝ればよかったじゃねえかよ。俺に構わず」
「それであなたが楽しく過ごせるというのであれば、そうしますが」
いつだったか、研究明けのシュウが丸一日に渡って眠り続けてしまったことがあった。多忙な日々の合間を縫って、ようやく出来た僅かな時間を彼と過ごすのに充てようと思っていたマサキは、無為に過ぎてしまった時間に盛大に嫌味を吐いたものだ。それを忘れていなかったのだろう。当て擦るように云ってくるシュウに、バツの悪さを感じながらマサキは言葉を継いだ。
「わかってりゃ怒りゃしねえよ。あの時はお前、寝る。としか云わなかったから」
するりと伸びてきた手がマサキの腰に回される。どれだけ深酒をしようとも醜態を晒すことのない男は、稀にその半分もいかない酒量でマサキに甘えだすことがあった。どうやら今日もそういった気分であるらしい。珍しいと思いながらも、きっと睡魔が彼の理性を脆くしているのだ。そう考えなおして、マサキは自らの膝に顔を伏せているシュウの柔い髪を撫でてやる。
「一緒に寝ませんか、マサキ」
「ひとりで寝ろよ。子どもじゃあるまいし」
「あなたと一緒がいいのですよ」
「そうは云われても、まだ宵の口だろ。眠れる気がしねえ」
マサキの返事に暫く黙ったシュウが、やがておもむろにのそりと身体を起こす。何をするつもりなのか。マサキは手にしていたグラスをテーブルに置いた。
相変わらず大儀そうではあったが、真っ直ぐに立っていられるだけの正気は保っているようだ。目の前に立ったシュウの手がマサキの手を取る。続けて引っぱり上げられる身体。有無を云わせない力で立ち上がらされたマサキは、眠たげな表情を惜しげもなく晒しているシュウに向き合った。
「何だよ。何をするつもりだって」
「私を寝室に連れて行くぐらいは出来るでしょう」
肩に腕を回して寄りかかってくるシュウに、仕方なしにマサキはその身体を担いだ。
立ってはみせたものの、その足取りは覚束ない。そんなシュウを引き摺るようにして寝室に運び込めば、ベッドに倒れ込むついでにマサキの身体を引き寄せてくる。わ、馬鹿。お前。不意を突かれてシュウの上にのしかかる格好となったマサキは、本当にお前は――と自らの身体を離す気のない男に不満をぶつけた。
「自分の思い通りにしねえと気が済まねえって、その性格なんとかしろよ。酒も飲みたい。でも寝たいって両立する欲じゃないだろ。おまけに俺とも一緒にいたいってさ」
「だからその内のふたつを取ることにしたのですよ。ねえ、マサキ」
マサキを抱き締めたままブランケットの中に潜り込んだシュウが、満足しきった笑みを浮かべながら瞼を閉じた。僅か数秒。はあ。マサキはあっという間に眠りに落ちた男を端近に、再び盛大な溜息を洩らすしかなかった。