預言のばっきゃろー! と、マサキが叫んだ。
喫茶店を出て五十メートルほど。西にあった黒雲が上空に流れ込んできたかと思うと、あっという間に視界が煙った。
どしゃぶりの雨に、方々で悲鳴が上がる。
往来を逃げ惑う人々は殆どが傘を持っていない。それもその筈。今日の天気予報は晴れのち曇り。預言が元になっているラングランの天気予報は99%の的中率を誇っている。それが外れるとは珍しいこともあるものだ――シュウは手近な店の軒先にマサキとともに避難すると、親の仇のように地面を叩いている大粒の雨に目を遣った。
側溝に流れ込む大量の雨。かなりの勢いで流れ込んできた黒雲は、上空で滞留しているようだ。ぴくりとも動く気配がない。
「巫山戯ろよ……ずぶ濡れじゃねえか」
隣に立つマサキの髪の先から雫が滴っている。
シュウはポケットからハンカチを取り出した。ほら、とマサキに髪を拭うようにと渡す。
けれども強情なマサキは、自分の健康に自信を持っていることもあるからだろう。いや、いい。と首を振って譲らない。
「お前だってずぶ濡れじゃねえか。俺に渡す余裕があるなら、自分の髪を拭けよ」
シュウは無言でマサキの髪を拭いた。
「いや、だから、先ずは自分の髪をだな……」
それも無視して更に髪を拭く。
けれども、その程度でどうにかなる濡れ具合ではなかったようだ。あっという間に濡れそぼったハンカチに、シュウは仕方なしにマサキの髪から手を離した。続けてハンカチを絞る。ぽたぽたと滴る雫の量が、雨足の強さを物語っているようだ。
「大丈夫かよ。お前もそれだけ濡れてるってことだろ。風邪を引いても知らねえぞ」
「あなたが看病してくださるのでしょう?」
「何か優しいとは思ったんだよ。そういう魂胆か」
シュウの優しさの理由に納得がいったようだ。舌を鳴らしたマサキが何事か考え込む。
「たったこれだけであなたの看病が買えるなら安いものですしね」
「大馬鹿者だな」
「自覚はありますよ」
直後、不意にシュウの額にマサキの手が伸びてきた。大馬鹿者だ。繰り返したマサキが、雨に濡れて肌に張り付いているシュウの前髪を払う。
「ひっでぇ有様じゃねえか」
顔を覗き込んできながら口の端を吊り上げたマサキが、シュウの手の中にあるハンカチを取り上げる。
きっと、自分ばかりがいい思いをしているとでも思ったのだろう。それで自分も何かしなければならないと考えたに違いない。続けてシュウの顔を拭き始めたマサキに、結構ですよ。シュウはやんわりとその手を取った。
「濡れたついでに傘を買ってきますよ」
「止めとけよ。この雨だぞ。預言を裏切った雨なんていつまで続くかわかりゃしねえ」
「かといって、ここで待ち続ける訳にもいかないでしょう。あなたの身体が冷えてしまう」
「だったらいっそ濡れて帰ろうぜ。直ぐにシャワーを浴びれば大丈夫だろ」
云うなり、大量の雨の中へと飛び出してゆくマサキに、仕方ないとシュウもまた軒下から飛び出した。
濡れる決心が付いたことで、一周回って楽しくなってきたようだ。先を往くマサキの口から、あははは。と笑い声が上がる。
「家まで競争だ! 負けた方がシャワーとココアの準備な!」
「風邪を引いても知りませんよ!」
「お前が看病してくれるんだろ! まさか、自分だけ世話してもらえるとか思ってないよな!」
子どもじみた面があるマサキにかかれば、突然の雨もイベントに早変わりだ。素早く街を駆け抜けていくマサキの後に続きながら、手間がかかる――と、思いながらも、シュウは帰宅してからの彼とふたりで過ごす時間に思いを巡らせずにいられなかった。