静かなる終焉

 世界が終わる前に何がしたい? そうマサキに尋ねられたシュウは、特には何も。蔦絡む白亜の機神を見上げて云った。
「それよりも、何故こんなになるまでサイバスターを放置していたのです」
「やることがないからさ」
 精霊界と別離わかたったラ・ギアス世界は、新たなステージに突入しようとしていた。
 武器の一切を捨てる。人間が人間を人間たらしめているのは道具の存在である。ならばその道具を捨てた時、人間は何に成るのか? 精神世界の成熟に重きをおいた練金学は、その答えをプラーナに求めた。
 プラーナの錬成によって、武器に頼らない攻撃手段を編み出す。
 錬成を経たプラーナは高密度の物理エネルギーへと変換され、ある時は推進力として、ある時は防御力として、またある時は攻撃力として、人間の活動を補助する新たな力となる。その為に開発されたコードがマサキたち地上人は埋め込まれている。体内で自らのプラーナを錬成する為に必要な術式が埋め込まれたコード。DNAにて展開されるコードは、人間の果てしなき欲が詰め込まれたものでもある。
 人間からの脱却。
 感情の幅がプラーナに影響を及ぼしているのは、地上人たちのプラーナの質を見れば明らかだった。理性を重んじるラ・ギアス人にはない純度を誇るプラーナ。彼らは瞬く間に新たな力を高出力で使いこなすようになった。空を舞い、岩を砕き、雷を防ぎ……もしかすると、先史時代の覇者であった巨人族も似たような力で以て、一時代の繁栄を築き上げたのやも知れない。
 それは明らかに人智を超えた力の出現であった。
 だのにマサキはこう云って笑うのだ。幻魔大戦かよ、って。シュウの記憶のデータベースにはない単語に、その意味を尋ねてみれば、「いいんだよ。お前はわからなくって」と、新たなラ・ギアス世界の抑止力となった歴戦の覇者は、寂し気に笑いながら呟いてくれたものだ。
 純度に開きのある地底人と地上人のプラーナ。マサキのプラーナの含有量は、地上人たちの中でも抜きんでていた。その質に関しては云うまでもない。ラ・ギアス世界で唯一無二の存在となった彼は気紛れに空を飛び、気紛れに草木を生やし、そして気紛れに風を起こしてみせた。早速得た新たな力を、破壊ではなく創造に使ってみせる。如何にも彼らしい振る舞いにシュウは安堵しつつも、不安を拭えなかった。
 道具を捨て、自然を創造する力を得た人間。
 それは神に成り代わる力になりはしないか。
 巨人族はその圧倒的な力でもって神に祀り上げられた。新たな力を得たラ・ギアス人は、滅びの時を迎えた後、その後の時代の覇者たちによって何に祀り上げられるのだろうか。シュウはそれが不安に感じられて仕方がない。
「だからといってサイバスターをこんな姿に――」
 そこでシュウはふと思い至って、マサキの顔をまじまじと見た。
 蔦絡むサイバスターの姿を、シュウは自然が為したことだと思い込んでいた。しかし、それは間違いではなかろうか? 目の前でサイバスターの足部に腰を落として笑っている青年は、そう、既に自然を生み出す力を得てしまっているのだ。
 そうである以上、どうしてこれが彼がしたことでないと云えたものか。
「もしかして、これはあなたが――?」
 シュウの問いにマサキは微笑むだけで何も答えなかった。彼は立ち上がると、サイバスターの脚部を手でそっと撫でてやりながら、愛おしそうにその雄々しき機体を見上げて、俺は何かを守りたかった。と、呟いた。
「自分にその力があるのであれば、それが世界なんていう大それたものでも守ってみせるってな。だから、苦しいことも多かったけれども、サイバスターと一緒に世界を駆け巡った日々は楽しかったよ」
 その目的を果たした彼は、今度は自分自身が世界平和の為の抑止力となったことをどう考えているのだろう? シュウがマサキに尋ねようとした瞬間、寂し気に表情を曇らせたマサキは、それだけだったんだ。囁くように言葉を発すると、ふわりと空へ。その身体を飛翔させていった。

あなたに書いて欲しい物語2
kyoさんには「世界が終わる前に」で始まって、「ただそれだけだったのにね」で終わる物語を書いて欲しいです。ちょっと寂しい話だと嬉しいです。