願い事はひとつだけ

 ほらよ。と、目の前に差し出された人形らしきものを手に取ったシュウは、その禍々しさに顔を顰めずにいられなかった。
 手のひらサイズの小さなマスコット。麻紐を巻いて作られた身体に、フェルト製の服が着せられている。形からして、Tシャツとズボンだろう。顔には緑色のボタンが二つ。目のつもりなようだ。その頭に、髪の毛と思しき緑色の毛糸が、団子状に丸められて連なっている。
 云い方は悪いが、パンチパーマにしか見えない。
 呪い用の人形というものは得てして禍々しい形状をしていたが、それに勝るとも劣らない邪悪な塊。しかもどことなく不器用さを窺わせる。まさか――暫く人形を眺めていたシュウは、どうしても振り切れない恐ろしい考えを口にする覚悟を決めた。
「あなたが作ったとは云いませんよね、マサキ」
「俺にそんな凝ったものが作れるのと思うのか、お前は」
「確かに」
 見た者に強烈な印象を残す邪悪な人形は、けれどもよくよく見てみれば手間暇かけて作られたことが窺える。
 硬い麻紐はたわむことなく巻かれていたし、フェルト製の服にしても手縫いであるようだ。毛糸にしても、これだけきちんと固めるのは根気が入ったことであろう。
 こうした時間のかかる作業を、短気なマサキがこなせる筈がない。シュウは最悪の予想が当たっていなかったことに安堵した。これ以上、シュウの手に余るものをマサキに生産されては、シュウの繊細な神経が擦り切れてしまう。
 しかし、そうなると問題になるのは、この人形の作り手が誰であるかということだ。
 シュウにとっては認めるのが苦痛な現実であったが、目や髪の色から察するに、この人形はマサキであるようだ。と、なると――シュウはマサキの周りの女性陣の顔を思い浮かべた。果たして彼女らの中の誰が、こんな邪悪な人形を作り上げてくれたものか。
「これはあなたですよね。マサキ」
「らしいな」
「誰が作ったのです」
「プレシアだよ。最近、人形作りにハマっててさ」
 シュウは手のひらの人形からそっと視線を外した。
 家事全般をそつなくこなす少女は、どうやらシュウとは相容れない美的感覚の持ち主であるようだ。
 シュウはバレンタインに渡された物体Xを思い出した。ラッピング用のあれこを買うのが恥ずかしいという理由で、とんでもない禍物に仕上がってしまったチョコレート。あの包みを思い出すと、正直、シュウは今でも眩暈に襲われる。
 ただのラッピングを特級呪物にしてしまったマサキ。彼と兄妹なだけはある。血は繋がっていなくとも――いや、繋がっていないからこそ、似た部分が強調されるのだろう。愛くるしい見た目からは想像も付かない人形に、けれども無遠慮に批判の言葉をぶつける訳にもいかない。シュウは気力を奮い立たせて、マサキに向き直った。
「それを私に渡してしまっていいのですか。あなたへのプレゼントでは?」
「違うよ。お前にって、プレシアが」
「彼女が? 私に?」
「厄除けのお守りになるんだってさ、その人形。俺の姿をしてるのは、まあ、ご愛敬だろ」
 シュウは改めて人形に視線を注いだ。
 呪い用であるのであれば、この禍々しさも頷ける。後頭部に付けられているキーチェーンは、肌身離さず持てるようにと気を遣ってのことであるのだろう。そういうことなら。シュウは人形を家の鍵に取り付けた。
 大事に仕舞い込んでおきたい気持ちもあったが、彼女の意を汲んでやらねばその気持ちも報われまい。何せ、唯一、シュウに憎しみをぶつけてきた少女のしてくれたことだ。それが嬉しくない筈がない。
 彼女との間に燻ぶり続けた蟠り。それが解消したのも、もう遠い過去のこと。
「大事にしますよ、マサキ。プレシアによろしく伝えてください」
 そう云って鍵の付いた人形を掲げてみせると、瞬間、シュウの行動を黙って見詰めていたマサキが、やった。と、声を上げた。
「やった?」
「受け取ってくれないんじゃねえかと思ってたからさ」
 マサキがジーンズの後ろに手を回す。訝しく感じながらも、シュウはその行動を見守った。お揃いなんだぜ。顔を綻ばせた彼がポケットから取り出してきた鍵には、紫色のボタンと毛糸があしらわれた禍々しい人形が取り付けられていた。