ふと思い立ったマサキがシュウの隠れ家を尋ねてみれば、生憎の留守。戻りがいつになるかはわからなかったが、折角州を跨いで足を運んだものを、何もせずに帰路に就くのでは面目が立たない。さりとて外で待つのも癪に障る。
マサキは足元に敷かれている玄関マットに手をかけた。辺りを窺いながら捲ってみれば、鍵がひとつ。変なところでずぼらさを見せるシュウは、賊に入られても盗られるようなものはないと高を括っているようだ。彼が隠したに違いない鍵を取り上げたマサキは、それを使って家の中へと足を踏み入れた。
勝手知ったる他人の家とリビングに上がり込んだマサキは、先ずは空調とスイッチを入れた。次いで冷えた風が流れ始めたリビングからキッチンに移動して、冷蔵庫の中から飲み物を取り出す。贅沢に氷を入れたグラス。そこにアイスティーを注いで、そろそろ冷え始めたリビングにとって返した。
「後で怒られても知らニャいのよ」
「おいらたちは止めたんだニャ」
主人の行いを不安げに見守る二匹の使い魔を尻目にソファに腰掛けたマサキは、夏が盛りを迎えた外の景色を眺めながら、胃に直撃する冷たさとなったアイスティーを飲み干した。青々とした空に緑濃く葉が繁る木々。夏だな。呟いたマサキに、他人の家の中で云う台詞じゃニャいんだニャ。二匹の使い魔は盛大に顔を顰めた。
「大体ニャにしに来たんだニャ?」
「今日は街でのんびり過ごすつもりじゃニャかったの?」
突然に予定を切り替えた主人の気紛れの理由を知りたがる二匹の使い魔に、特に理由はねえよ。そうマサキは答えてソファに横になった。空調の効いたサイバスターのコントロールルームからここまで、ほんの数十メートルの距離でどっと噴き出た汗を吸った衣服が肌に纏わり付く。
「シャワーでも浴びるかな」
「えー? マサキどこまで厚かましくニャるつもりニャの?」
「他人の家ニャんだニャ! しかもあの野郎の家ニャのに!」
驚いた二匹の使い魔が声を上げるも、その程度で抑えられる衝動ではない。そもそも不埒な侵入者を招き入れるかの如く、玄関先に鍵を隠している家主が悪いのだ。ソファからばっと飛び起きたマサキは、二匹の使い魔の静止を振り切ってバスルームに向かった。
そしてシャワーを浴びた。
ついでに家の使用料代わりとバスルームを掃除する。床に壁、浴槽とシャワーを当てながら汚れを洗い流し、最後にもう一度。自身の身体に水を浴びせかけたマサキはさっぱりとした心持ちでバスルームを出て、濡れた髪を乾かすべく洗面台の前に立った。
歯ブラシ、歯磨き粉、整髪料……ドライヤーを当てながら、洗面台の棚に並ぶ生活用品を眺める。常に身ぎれいにしているだけはあって、ひと通りの生活用品は揃っているようだ。ドライヤーを止めたマサキは、その中からひとつの瓶を取り上げた。
彼が好んで身に付けている香水。
街で過ごすと決めたマサキの鼻を擽った匂い。通行人のひとりが付けていた香水の香りは、マサキに強くシュウの存在を思い起こさせた。暫く会っていない。気付いた瞬間、居ても立っても居られなくなった。踵を返したマサキは、二匹の使い魔を置き去りにしかねない勢いで街を出た。
「あんまり弄っちゃ駄目ニャのよ」
「他人の持ち物ニャんだニャ」
家主の許可なく家に上がり込んでいることで落ち着きを欠いているらしい。右に左にと忙しない二匹の使い魔をリビングに戻らせると、マサキは瓶の口を開けた。少量の香水を手のひらに乗せる。ああ、この匂いだ。マサキは首に香水を付けながら、何処かに出掛けているらしいシュウを想った。果たして彼は今日中に帰って来るのだろうか? 馴染み深い匂いに包まれながら脱衣所を出たマサキは、リビングのソファに再び身体を収めた。
――顔を見るまでは帰れそうにねえな。
不安と期待。相反するふたつの感情を胸に抱きながら、そうしてマサキは緩やかな眠りに落ちていった。
60分で綴る物語
あなたは香水をつけるマサキの物語を60分で書いてください。