貴家澪の優雅な出歯亀
色鮮やかな蒲公英色のカラーリング。太陽の日差しを受けて輝く大地の魔装機神を駆って、ミオが午後のティータイムを過ごすべく、ゼオルートの館に向かっている最中のことだった。深き青。鉄兵の如き雄々しさで大地に立つ青銅の魔神と鉢合わせた。
ゼオルートの館まで残り5キロの地点。何かを待ち構えているような立ち姿に、世間話もそこそこに、ミオがこれからの予定をその搭乗者たるシュウに尋ねてみれば、特に予定らしい予定もないらしい。怪しい。ミオはモニターの向こう側で涼やかな笑みを浮かべているシュウを睨んだ。それは彼が謎めいた振る舞いを常としているからではなかった。
確かにシュウはミオたちの預かり知らぬところで、彼自身の因縁と戦っているらしかったし、それが時としてラングランの治安に関わる出来事になることも珍しくはなかったが、ミオが疑ったのはそうした争いごとに関する策謀を彼が働かせているのではないかといった大事ではなく。
場所が場所なのだ。
ゼオルートの館を目前にして、シュウがその場に留まり続けているのだとしたら、その理由はひとつしか有り得ない。マサキ=アンドー。ミオたち正魔装機の操者たちを束ねる立場にいる風の魔装機神の操者と、ミオは同郷ということもあって、それなりに馴染んでいる仲であると思っている。
そのマサキはどうもシュウと因縁があるらしい。
らしい、というのはその時代のマサキとシュウをミオは直接的には知らないからだ。聞き齧った話によれば、シュウはどうやらラングラン王都に壊滅的な被害を与えてしまったことがあるらしい。
魔神グランゾン。その比類なき力で世界を蹂躙させない為に、マサキは彼を追って地上へと向かったのだそうだ。そうしてそれなりの年月をかけて、一度はその命を奪ったのだという。ミオがラ・ギアス世界に召喚されたのはその後。内乱状態にあったラングランで、シュウと顔を合わせる機会にはそう恵まれなかったものの、あの頃のマサキはシュウに対して強い警戒心を抱いていた気がする。
それがどうだ。
今のマサキは、シュウと顔を合わせれば憎まれ口を利いてはみせるものの、かつてのようにささくれ立った精神状態で向き合うことはなくなった。その変化が何処からきているのか、ミオにはわからない。ただ、マサキはどうもシュウ=シラカワという人間を信用し始めているらしい。この目で見るまで信じていなかったサーヴァ=ヴォルクルスによる精神支配。精神を乗っ取られかけたシュウに対して、マサキは自らの言葉でその心を蘇らせられると信じているようだった。
――そりゃリューネじゃなくとも勘繰っちゃうよねー。
だからミオはその後、だらだらとシュウと他愛もない話に明け暮れてみせたのだ。時間を稼げば、シュウが目的としていて、且つ、ミオが予想している事態が起こると信じて。
果たして、その瞬間は来た。
ゼオルートの館の方角から一直線にミオたちがいる地点に向かって疾はしって来る白亜の機体。風の魔装機神の名に相応しい流線形の形状が、太陽の光を反射して煌めいている。天に羽ばたく大鳳の翼。背中の放熱板を大きく開いて、やがてマサキが駆るサイバスターはふたりの目の前に姿を現わした。
「何だよ、お前もいるのか」
「あら、お邪魔虫だった?」
「そんなことはねえけどよ。珍しい組み合わせだなって」
いつも通りの惚けた口調。自覚があるのかないのか。鈍感なマサキは他人の感情を察する機微に欠けているからかだろう。よく他人を煙に巻くような物の云い方をしたものだった。
「なあに、それ。まるで自分たちは珍しくない組み合わせみたいな云い方して」
「そういうつもりじゃねえよ。お前、まさか。リューネみたいなことを云い出すつもりじゃねえだろうな」
「にひひひ。それはふたりの会話を聞いて決めるわよ」
「ホント、何で女ってそういうの好きかね……」
好き嫌いの問題ではないのだ。
ミオは知りたいだけなのだ。マサキの心変わりの理由と原因を。
呆れた様子で頬杖を付いては溜息を洩らすマサキに、ふふ……と、シュウが小さく声を上げて微笑った。気の所為だろうか? ミオにはモニター越しのシュウのその表情が、マサキを慈しんでいるかのように映って見えるのだ。そう、まるで稚いものを愛でているかのように……
マサキが心変わりをしているのであれば、シュウもまた心変わりをしているのだろう。ふたりの間にはミオの知らない時間が流れている。それが少しだけ、本当に少しだけ、ミオには妬ましく感じられてしまう。マサキはそんな風に簡単に他人に心安く接してみせるような人間ではないからこそ。
気安くはあっても、心を許しはしない。
そういった性質のマサキが心変わりをしたからには、それ相応の理由がある筈だ。こうなったら長期戦よ。ミオがそう思ったその時。
「残念ですがね、ミオ。今日の私は秘密の話があって、マサキを呼び出しているのですよ」
これ以上となく愉し気に。クックと嗤いながらシュウが云う。
まるで何も知らない子供を揶揄うような表情は、ミオが全てを見透かしていると確信しているかのよう。何だ、やっぱり――。ミオはモニターの向こう側のシュウに軽く片目を閉じて見せると、「わっかりました! お邪魔虫は消えまーす!」マサキの返事を待たずに、ザムジードをゼオルートの館に向かわせた。