鬱陶しい男

 ――本当に鬱陶しい。

 ようやく起床したらしいシュウがマサキに背後から抱き着いてきたのはつい先程のこと。栄養摂取に積極的ではない男の為にとコンロの前に立ってスープを作っていたマサキは、自らの肩に顎を乗せて鍋を覗き込んでいるシュウの顔を横目で窺った。
 しゅっと締まったフェイスラインに、くっきりと刻み込まれている目鼻。やや冷ややかに映るのが難点だが、どこぞの美術品から抜き出てきたかと思うほどに美しい。それと比べると、いつまで経っても幼さが抜けない顔。自らの顔立ちにコンプレックスを持つマサキは、面白くなさを感じながら視線を鍋に戻した。
「何を作っているの、マサキ」
「中華スープ。お前、朝はあんまり食べないだろ」
 鶏肉と野菜を中華出汁で煮込んだだけの簡単なレシピ。材料がカットしてあれば、幼稚園児でも作れるだろう。それでもマサキが手ずから朝食の用意をしているのが嬉しいようだ。あなたの気遣いに感謝しますよ。などと気障ったらしく言葉を吐いたシュウに、わかったからどけ。と、マサキは彼の顔を押し退けようとした。
 瞬間、微笑む彼の顔がまともに目に入る。
 気難しさが先に立つ表情をしていることも多いシュウだったが、マサキとふたりきりで過ごす時間ともなれば態度を一変させた。とかく豊かになる表情。シュウの切れ長の瞳は理知的な彼の性質をより際立たせたものだったが、それがどうだ。まるで幼子を愛でているような眼差し。これほどまでに人間味を感じさせる表情をシュウがするなど、彼と深い仲になるまでマサキは全く知らずにいた。
「火ぃ、使ってるんだぞ。あんま纏わり付くなって……」
 思いがけないシュウの表情を目の当たりにしたことで動揺したマサキは、反射的に鍋に視線を戻していた。
 鬱陶しい。そう思う気持ちに変化はないというのに、彼の顔を近くすると即座に胸が騒ぎ出す。こそばゆいような、気恥ずかしいような……それでいて誇らしくさえもあるこの感情。その呼び名を知らないマサキは、何事もなかった振りをしながら、スープの表面に浮かび上がった灰汁をレードルで掬った。
「邪魔をしているつもりはないのですがね」
「充分邪魔だろ。料理してる人間に抱き着いてるんだぞ、お前」
「腕は自由に使えるでしょう。それとも、私にこうされるのは嫌?」
「ああ云えばこう云う奴だな、本当に」マサキは舌を鳴らした。
 彼はいつもこうだ。マサキの好意を微塵も疑っていないかのように振る舞う。
 それも気紛れに。
 マサキがいようが構わずに研究や読書に耽ることもあれば、片時も離したくないとばかりにマサキを構い倒すこともある。その態度の落差はマサキを過分に途惑わせた。元々、何を考えているのかわからない男は、距離を近くしたことで余計にわかり難くなったようでもある。
 だのに好きで好きでどうしようもない。
 マサキはスープを小皿によそった。少し冷ましてやってから、シュウの口元へとそれを運んでゆく。
「美味しいですよ、マサキ」
「そりゃそうだろ。誰が作ってると思ってるんだ」
 残ったスープを啜る。完璧だ。満足する出来となったスープに、マサキはコンロの火を消した。そして鎖骨の辺りを覆っているシュウの腕に自らの手を重ねた。
「もう、いいだろ。朝食にしようぜ」
 スープが完成した今、シュウが見るべきものはもうない。後はテーブルに着いて朝食にするだけだ。
 だというのに、マサキが引き離そうとしてもびくともしない腕。剣の腕ではマサキに敵わない彼は、こういった時だけマサキを凌ぐ力を発揮してみせる。それがマサキの感情を乱すとも知らずに。
「お前、どうしたら俺から離れるんだよ」
 途方に暮れてマサキが尋ねてみれば、こっちを向いてとの返事。

 ――本当に鬱陶しい。

 マサキはシュウを振り返った。同時に頬にかかる手。ひんやりとした温もりに静かに目を伏せる。

 ――でも、好きだ。

 そもそも、本当に嫌気を感じているのであれば、わざわざこうして足を運んだりもしないし、ましてや朝食の世話などしもしないのだ。重ねられた口唇に緩く吸い付いていきながら、マサキはシュウの背中へと腕を回していった。

リクエスト「シュウの為にお料理してくれるマサキなどどうでしょう?お料理中シュウに抱きつかれて注意はするけど満更でもないマサキとか」